孤独な蝶は夜の街に身を隠す

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「葵様!」 後方から低い男のひとの声が耳に届いた。確認しなくてもすぐに誰か分かった。藤堂家の執事である須藤さんという男性だ。 「いい加減このような場所で働くのはお止めください。旦那様も奥様もとても心配しておられます」 「辞める気はないわ」 「葵様はお酒もあまり強くないですし、タバコもお嫌いでしょう?」 「父は娘がこういうところで働いているのがバレたときのスキャンダルを恐れているだけよね?」 その言葉は須藤さんを困らせてしまうものだっただろう。その場にしばしの沈黙が流れた。 「とにかくお身体にだけは気をつけてください。なにかあればいつでも連絡ください。それから……」 「どうかしたの?」 「奥様が葵様に会いたがっておられるので」 「そう……」 「時間が空いたときにでも少しお屋敷に顔を出していただければと思います」 「……うん。分かった。そのうち顔を出す」 須藤さんは本当にいい人だ。 彼は藤堂家の執事であり、母の世話をしたり父の言うことだけを聞いていればいいのに、家を飛び出した私のことを心配してこうやって訪ねてきてくれるのだから。 本当の父より父親らしい。なんだか皮肉な話に思えて、自虐的な笑みを浮かべながら私はタクシーに乗り込んで帰宅の途に着いた。
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