孤独な蝶は夜の街に身を隠す

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それなのに、父は一切の罪に問われなかった。なぜなら、当時父の第一公設秘書だった沢村(さわむら)さんがすべての罪を被ったからだ。 沢村さんは父が若い頃からずっと父を支えてきてくれた優秀な秘書だった。 とても優しくて気さくで。小さい頃におんぶをしてもらったり、公園でよく遊んでもらった記憶がある。 中学に上がってからもたまに勉強を教えてくれ、相槌を打ちながら私の話をよく聞いてくれたりもした。父より父らしく私を気にかけてくれていた気がする。 私はそんな沢村さんのことを慕っていた。母も沢村さんの前では笑顔でいたような気がする。 それは沢村さんの醸し出す優しい雰囲気に、心が穏やかでいられたからではないかと思う。 責任感が人一倍強くて正義感の塊のような人。そんな沢村さんが汚いことなどするはずがない。 すぐに父が沢村さんに罪をなすりつけたのだと思った。 どうして沢村さんはこのとき父の罪を被るまでして、父を守ったのだろう? その答えを知ることは一生できない。 沢村さんは罪が確定したあとに拘置所で自殺を図り亡くなってしまったから。 彼は独身で年老いたご両親と一緒に暮らしていた。足が不自由なお父様を車で病院に連れて行ったり、お母様の買い出しに付き添ったり親思いの優しい人だった。 そんな人が、悪魔のような私の父をかばいこの世を去ったのだ。
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