孤独な蝶は夜の街に身を隠す

5/29
前へ
/108ページ
次へ
『なんなんだ、あの女は。大衆の面前で恥をかかせやがって!』 母と私が車に戻ると父の怒りに満ちた声が車内に響き、重苦しい空気が包み込んだ。そんななか、執事の須藤さんが静かに車を走らせ始めた。 『まぁ、死人に口なし。ともかく一件落着で俺の勝ちだ。なぁ、美咲もそう思うだろう?』 『…………』 ニヤリと嫌な笑みを浮かべて助手席から後方を振り返り、母にそんな言葉を投げかけた父の行動に私は愕然とした。 母はなにも言わず決して父と視線を合わせることもせず、目を真っ赤に染めながら下を向いたままだった。 沢村さんが亡くなったのに、彼がすべての罪を被ってこのような事態になったというのに、父は悲しむどころかどこか嬉しそうに見える。 父には血も涙もないのだ。人の感情などまるで持ち合わせてはいない。冷酷で、野心家で、悪魔みたいな人。それが私の父親なのだ。 この人の血が私の中に流れていると思うと、吐き気がする。気が付けば、私は自分の腕を強い力で引っ掻いていた。そこからじんわりと赤い血が滲む。 同じ空気を吸うことさえも耐えがたく、私は家を出る決心を固めた。高校卒業と同時に、半ば家出同然で家を飛び出した。 私の行動は父の逆鱗に触れ何度も連れ戻されたが、私は隙を見ては家出を繰り返した。もちろん、大学には進学せずに生まれて初めて父に歯向かったのだ。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

293人が本棚に入れています
本棚に追加