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反発する私を見て、父は怒りを露わにした。父の思い通りにはさせない。私は私の人生を歩むんだ。その強い想いが根底にあった。
が、いつの間にか父の苛立ちの矛先は母へと向かうようになり、鬱憤を晴らすために母に暴力を振るうようになったのだ。
その話を執事の須藤さんから聞いて私は慌てて実家に戻ったことがあった。そこには心が壊れてしまった母がいた。
それでも母は私に言った。『私は大丈夫だから、葵が好きなように生きて』と。優しいまなざしを向けて母は私の頬を撫でた。
『どうしてそこまでして、ママはここにいようとするの?』
私にはいくら考えても、理解することができなかったのだ。
『それはね、ママにはどうしてもやり遂げなければいけないことがあるからよ』
そう答えた母の目は、どこか悲しげであると同時に、ぞっとするような狂気に満ちていたように思えた。
母が家に留まる理由を私はいまだに聞けてはいない。いや、聞いてはいけないような気がするのだ。
父が私を家に戻すのを諦めたのは、私が二十歳を迎えた頃だった。
正確に言えば、あの人は諦めたのではない。
気が付いたのだ。母が家に居る限り、私が母を心配してその場所にどんな形であれ、戻ってくると。
つまり母は人質で、私は自由なようで実は篭の中に囚われた鳥に過ぎない。
母があの家を出るか、私自身のこの命がなくならない限り、父の呪縛から解放されることはないのだろう。
そう思いながら私は今日も色を失った絶望の世界を生きていく。
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