プロローグ

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プロローグ

【プロローグ】 それは一瞬の出来事だった。 「うわぁぁぁ!」 男の叫び声がその場に響き、それと同時にダダダダダッ……と、男の身体が階段を転がり落ちていく鈍い音が耳に届いた。 らせん階段の中央あたりで呆然と立ち尽くすのは、数秒前までその男と揉み合っていた私、藤堂 葵(とうどう あおい)だ。 視界に映る白い大理石の床にじんわりと広がっていく赤黒い海。男が唸り声をあげながら蹲る姿に、不安と焦りが押し寄せてくる。 ドクンドクンと心音が跳ね上がり頭にまで響く感覚に、思わず顔を顰めた。 「ひとまずあなたはここを離れなさい」 母の言葉にとっさに我に返った。 「い、嫌よ。私もここにい……」 「ダメよ。今すぐに家を出なさい。これは事故なの。誰も悪くない」 母が私の目をまっすぐに見つめそう言い放った。 「じ、こ?」 「そうよ。あの人がバランスを崩して落ちただけ。これはあの人が今までしてきたことの報いよ」 見下ろす母の瞳は氷のように冷酷だ。 〝あの人がしたことの報い〟。 そう、冷たい床に蹲る彼は──。 今まで己の保身のため、権力を行使して汚いことをたくさんしてきたし、多くの人を傷つけてきた。私たち家族も例外ではなく、母と私の自由も奪ってきた。 悪魔のような男。それが、私の父親である藤堂 勇作(ゆうさく)。 そこに彼の味方はひとりもいない。
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