一 消しゴムと消えた親友

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振り返ると声をかけてきたのは妙に顔つきの良い男だった。緩く波打つ豊かな量の黒髪に長めの前髪が垂れて隙間から漆黒の切れ長の目がこちらを不服そうに睨んでいる。シルエットのゆったりとした白いシャツ、色褪せて膝が少し擦れたブルーのデニム、すらりとした長い足には濃紺の鼻緒の草履を履いている。恰好こそ部屋着の類に見えないこともないが、顔面の良さとスタイルの良さが手伝って品があるように見えるのが不思議な男だった。鼻緒と同じ濃紺のエプロンをつけているところを見ると、おそらくはここの店主なのだろう。 「ごめんなさい。少し使ってしまったので買います。あとでまた買いに来るので取って置いてもらえませんか?」 謝りながらぺこりと頭を下げた。返事はない。そうっと顔を上げると男はいつの間にか私のそばに来ていて棚の札を見つめながらまるで独り言のように呟いた。 「俺は文具を大切にしない人間が大嫌いだ」 「え?」 「使ってしまったから買うと取って付けたような理由で買われては、このペンが哀れだとは思わないのか?」  男は隣に立つ私を見下ろす。心臓がびくんと飛び跳ねた。凛とした冷ややかなまなざしの眼は強い非難の色を帯びているのに、それが妙に色気めいていて計らずも綺麗だと思ってしまった。
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