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「それは……あの、その」
なんと返してよいかわからないまま彼を見つめて固まってしまった私を置いて男はその棚札を取り上げると店の奥へと戻って行った。
なんだか、とっつきにくい人。その背中を見送ってから手元のボールペンを棚にそっと戻す。
……確かにあの人の言う通りかもしれない。今は会社の用事で来ている。自分の財布は持って来ていないのだ。買わないのに試し書きを試みたのは浅はかだった。仕事帰りにでも改めて買いに来ようと思い直し、手にしていた黄色いプラスチックの買い物籠に上司の墨田係長から頼まれた文具を次々と入れた。
私はこの近くにあるアウトドア用品全般を扱う知覚野商事の総務部で働いている。今日は社内で使う文具の買い出しをする為に初めて紙山文具店を訪れた。
商品を籠に入れ終えてレジへ向かうと、先程の店主らしき男が眉間に皺を刻みながら深緑のブレザーを着て胸元に朱色のリボンタイをつけた学生服の少女と何やら深刻そうに向かい合っていた。
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