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「動かないで!」
背後からの突然の大声に、私はフリーズした。
右肩のあたりに何かが触れる感覚が。硬直した首をギギギと右に回して見えたのは、キラリと光る、、、ピンセット?
「もう動いていいよ」
硬直取れぬまま、体ごとギギギと、右向け右すると、そこには白衣姿のメガネ男子が。
「ああ、よかったよ。こんなところで見つけられるだなんて夢のようだ。ところで君はどこでこれを肩に乗せてきたんだい?」
「……はい?」
私の名は、粉川清佳。今日から名都大学の医学部1年生。憧れのキャンパスが待っているとワクワクして門をくぐった直後の出来事だった。
「はいって、君はこの素晴らしい花粉をなんだと思ってるんだ?ここまではっきりと肉眼でも見えるくらいに花粉を浴びてきたんだろ?どこを通ってきたんだ?君は何回生だ。その取ってつけたようなスーツ姿は、一回生か?入学式は確か昼からだよ」
一気にいくつもの質問を浴びせられ、スーツが似合わないとバカにされ、そして入学式の時間を間違っていることを指摘され、これだけ一度に色々な感情が入り乱れる経験のない私は、ただ口をパクパクと馬鹿みたいに開け閉めすることが精一杯だった。
「喋れないのか?これは失礼した」
「喋れますよ!」
「おお、ビックリした。それならば謝罪は取り消させてもらうよ」
「こっちがびっくりですよ。急に動くなと言われるわ、あれこれバカにされるわ、失礼にもほどがあります!」
「ああ、それは君のつけている花粉に思わず声が出てしまったわけだ」
「さっきから花粉花粉って、なんなん、、、」
そう言いながら、自分の右肩を見て驚いた。紺のスーツの表面にうっすらと緑がかった粉。これが花粉?
「多分スギ科っぽいんだけどなぁ。でもこの辺にそれっぽい林もないし、ほんと、どこでつけてきたの?」
「いや、ちょっとわからない、、、です」
「そうだ、君入学式までまだだいぶあるんだから、ボクの部屋に来てそのスーツ脱がない?」
「はぁぁあっ?!いきなりセクハラですか?」
「え?なんで?今ついてる花粉をなるべくたくさんとりたいんだけど?」
「ボクの部屋って、、、」
「うん、ボクの研究室だよ」
ハッと思い、その男の胸元につく名札に目をやる。
『理学部生物免疫環境学科准教授 薬袋薮郎』
「くすりぶくろ、、、」
「みない」
「え?」
「くすりぶくろと書いて、みないと読みます」
「あ、はい」
「じゃあ行きますよ」
「え?あ、ああああ、、、、」
すごい勢いで腕を引っ張られ、建物の一つ、研究棟に連れていかれる私。
この後、このアタオカなメガネ男子もといメガネおじさんと恋に落ちるだなんて、1ミリも思っていなかったのだ。
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