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【第11話】
病室の扉が閉まるのを確認した叔母さんが、すぐに口を開いた。
「姉さん、やっぱりどうしても秘密にしたいみたいね」
「秘密? 何をですか」
「うん。姉さんは知られたくないみたいだけど、こんなことにまでなっちゃった以上、黙っておくのは違うと思うから話すね。姉さんの思いを裏切ることにはなるけど、健康にはかえられないから」
「何ですか? 母さんは、何か隠し事をしてるんですか?」
「そんな珍しい話でもないわ。……借金よ」
「借金?」
「そう。いくらあったのかは知らないけど、当時、結構な金額の借金があったみたいなの。それを返そうとして、今まで必死で働いてきたのよ」伏し目がちにしながら言葉を継ぐ。「薄々わかってるかもしれないけど、一樹君が小学生の頃の姉さんの稼ぎだけじゃ、とても生活していけるだけのお金は稼げなかったの。その時に消費者金融からちょくちょくお金を借りてたみたい」
「そ、そんな……」
謎が一つ、解けた。あの頃、少ない収入でどうやって生計を立てていたのか不思議だったが、蓋を開けてみれば実に単純なことだった。
「夜勤だったり、あとは……息子の一樹君にこんなこと言うのもアレだけど、水商売だったり、そういう仕事をすればもっとお金を稼げたけど、姉さんはそうしなかった。理由はわかるよね」
その問いに、即答する。
「俺の面倒を見るため……できるだけ俺を一人にしないため……」
「そう。だから姉さんは、お金よりも働く時間と場所にこだわった。できるだけ一樹君と一緒に居られて、何かあってもすぐに飛んでいける場所で働く、ってことに。それで、近所にある時給の安いスーパーを選んだの」
わかってはいたが、改めて伝えられると心にズシンと重りが伸し掛かる。俺のせいで……。俺のせいで……。
「あ、でも気にしすぎないでね! 姉さんが自分で選んだ道なんだから、一樹君が何か責任を感じることはないんだからね」
歴然と変わったであろう俺の顔色を心配してか、慌てて慰めてくれた。
「ありがとうございます。――で、その借金っていうのはまだたくさん残ってるんですか?」
叔母さんがかぶりを振る。「大丈夫。つい先月、完済したって言ってた。そういう気の緩みもあって、倒れちゃったのかもね」
「じゃあ、借金はもうないんですね? これからは仕事を減らせるってことですよね?」
「それは断言できない」
「え?」
「だって仕事を減らしたら、借金しないで暮らせても、貯金までは厳しいでしょ。姉さん、本来は堅実なタイプだから」
「でも貯金なんて、体を壊してまでやることじゃないですよね」
捌け口を求めるように、叔母さんに対して理不尽に強く当たってしまう。
でも叔母さんは、そんな俺を柔らかな口調で包んでくれた。
「そうよね。私もそう思う。過労で倒れた以上、今と同じペースで働くなんて絶対駄目だよね」
「叔母さん……」
「でもね、今日は倒れた当日で、具合も悪いと思うから、そういう話は無しにしよう。明日の昼、またお見舞いに来て、その時に様子を見ながら私が説得してみるから」
「わかりました。お願いします」
「うん、任せて。一樹君も、今日は説教めいたことを言うのはやめてあげてね。ストレスになっちゃうといけないし」
「そうですね」
その後病室に戻り、しばらく三人で他愛もない話をしてから解散した。
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