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【 第2話 】
叔母さんが、自分用の肴として用意した洋風ピクルスを口に放り込みながら言う。
「ほら、先週さ、一樹君が言ってたでしょ? お墓を建てたいから、百万円くらい欲しいと思ってるって」
「ああ、言いましたね。母さんのお墓を建てたいっていうのは、前から考えていたことなので」
「初めて聞いたから、びっくりしたよ。まさか、そんなことを考えていたなんて。なんで今まで黙ってたの?」
「いえ、別にそんなに深い理由はないですよ。いちいち言うことでもないのかなと思ってて。でも先週ここへ来た時に、叔母さんから『大金を欲しいと思ったことはないの?』って聞かれたから、隠すのも変だし、話しただけです」
母の墓を建てたい。こういう思いは秘めておくものだと勝手に思い込んでいた。
「そうだったんだ」
叔母さんは、悲し気な声を出しながら目を伏せた。
「百万円、か。二十歳の一樹君にとっては大金よね。私が用意してあげられればいいんだけど、生憎うちもそんなに余裕がなくてさ。息子の陽一に結構お金がかかったんだよね。あの子、私立大学に行った上に留年までしたから。うちは一応共働きなんだけど、あの時にいろいろ陽一にお金がかかったっていうダメージを今でも引きずってて、経済的な余裕がほとんどないんだ。本当にごめんね」
叔母さんは、週三回ほどスーパーのレジ打ちのパートに出ている。叔父さんは飲食店に正社員として勤務しているが、いつも薄給に嘆いていた。世の中、世知辛い。
「いえ、とんでもないです。普段からお世話になってますし、母さんの葬儀の時のお金も出してもらっちゃいましたし。その上大金を借りたりなんてできませんから」
両親は、俺が三歳の時に離婚した。それからは母さんが一生懸命に、これ以上ないと思われるほどの愛情を込めて俺を育ててくれた。世界で一番誇れる人だ。
でも、そんな自慢の母が一年ちょっと前に病気で亡くなった。直接的な死因は敗血症だったけれど、元となったのは過労だ。
母さんは、俺を育てるために働き詰めだった。高校に入ってから、俺もバイトをして家に金を入れたけれど、生活は一向に楽にならなかった。
高校卒業後は、内装職人を目指して地元の工務店へ就職したものの、丁稚に近い状態で、給料も少なかった。でも、少ない給料からできる限り渡し、これで少しでも生活が好転すればと思ったが、生活水準は何も変わらなかった。母さんは、「見えない部分で色々とかかるものなのよ」と嘆息していた。
職人としての腕が上がり給料も増えたら、楽をさせてあげたい。そう思っていた矢先、母さんは逝ってしまった。俺が就職してから、半年も経たずに。
母さんが亡くなって一年ちょっとが経過した今も、お骨は俺の家にある。母さんと二人で暮らしていた六畳二間の古いアパートだ。
お骨を自宅で保管することには法的になんら問題はなく、いつまででも家に置いておくことが可能だったが、やはり母さんも、しっかりとした墓に入りたいのではないかと考え、いつかは立派なお墓を建てて納骨したいと思っていた。
ところが調べてみると、墓を建てるには最低でも総額百万円くらい必要だと知った。三途の川の渡し賃はたった六文なのに、終の棲家のその先の値段がこんなに高いとは、なんとも皮肉なものだ。
「母親のお墓を建てるために百万円が欲しいだなんて、心底感心するよ。一樹君はお母さん想いだよね。私も嬉しいよ。姉さんのことをそこまで想ってくれてるなんて。――本当に、逝くのが早すぎよね。こんな良い子を残して」
美樹叔母さんは、鼻の頭を赤くしている。泣かないように我慢しているように見えた。
「それで、日給百万円おばさんっていうのは何なんですか」
感傷に浸っている叔母さんには申し訳なかったが、続きが気になって仕方がなかったので、強引に話を戻した。
俺の今の給料では、百万円を貯めるのにどれくらいの年月がかかってしまうか予想もつかない。奇怪な話だとは思ったが、この上なくそそられた。
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