【 第4話 】

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【 第4話 】

 疑ってください、と言わんばかりの百万円バイトの裏に潜む意図を探ろうと、しばらく考え込む。 「……あ! もしかしたら、まだ治験が認められていないような、ヤバイ薬を飲まされたりとかなのかも。もしくは、体に何か埋め込まれたりするのかもしれないですよ。開発中の超小型ICチップとか」 「ははは! 一樹君は想像力が豊かね。なるほど、そういう考えもあるわね。――でも、先々のことはわからないけど、とにかく現段階ではすごく元気そうよ、その男の子」  叔母さんは能天気なところがあるので、あまり真剣に捉えていないようだ。俺は母さんに散々鍛えられたので、この手の怪しい話には迂闊に引っ掛からない自信がある。  事の真相を暴くため、慎重にヒアリングを進める。 「そのバイト、他にも声を掛けられた人っているんですか」 「いや、私は知らないなぁ。でもその男の子は確か、若い男子がターゲットになってるっぽい、なんてことを言ってたよ」 「そうなんですか……」 「もし万が一、一樹君が声を掛けられるようなことがあったら、やってみてもいいんじゃない? 人生、何事も挑戦よ!」  真顔でそう言った直後に相好を崩し、美味しそうに缶チューハイを(あお)った。 「なぁんちゃって。そもそも、そう簡単に声なんて掛けられないだろうしね」  てんで的外れなことを言っている。そうじゃないだろう。問題は、そんな奇特なおばさんから声を掛けられるかどうかではなく、仮にそんな話があったとして、ほいほい引っ掛からないようにすることこそが重要なのだ。  ……ということは重々承知しているのだが、念のため聞いてみることにした。 「ちなみにですけど、その彼は、どこで声を掛けられたんですか」 「ん? ああ、確か、三丁目の公園だって言ってたかな。ほら、あの大きいマンションに囲まれたところ。あそこの公園で、夕方頃にベンチに座って、借金どうしよう、なんて一人で悶々と悩んでたら、声を掛けられたんだってさ」 「あそこですか。あんな住宅街で、日給百万円のバイトうんぬんって話を持ち掛けられるだなんて、ますます怪しいですね。あり得ない」 「現実的だねぇ、一樹君は」  また、あはは、と笑っている。何かにつけてよく笑うのは、姉妹共通の特徴かもしれない。母さんも、何かにつけてよく笑っていた。 「仮にそういう話があろうと、俺は絶対にやらないですね。そんな危なっかしい話に乗るなんて、浅はかすぎでしょ」 「なるほどねぇ。ま、いいんじゃない。一樹君が好きなように判断すれば」叔母さんは屈託のない笑みを浮かべている。  俺は不機嫌になりながら、ふん、と鼻を鳴らした。 「っていうか、そんな奇特なおばさんが仮に実在したとして、いつまでもこの街に居続けるとは思えないですよ。もし出会ったらどうするか、なんて考えること自体バカらしいですね」 「まあね。私も、本気で言ってるわけじゃないからさ。ただ、そんな話を思い出したから、お酒のアテ代わりに話してみただけ。気にしないで」  そう言って立ち上がり、二本目の缶チューハイを取りに行ったのか、冷蔵庫の方へと向かった。  戻ってきた叔母さんは、着席するなり、 「そういえばこの前さ、ミドリンがね、あ、ミドリンっていうのは職場の同僚なんだけど――」  全然違う話を始めてしまった。  正直に言えば、もう少し日給百万円おばさんの話を聞きたかった。いかがわしい話ではあるが、実際に百万円を受け取っている人間がいる、という点が強烈に気になる。  しかし、あれだけ強く否定しておきながら、おめおめと話題を戻すことはできない。  以降、日給百万円おばさんの話を聞くことはできず仕舞(じま)いだった。
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