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店員: 「いらっしゃいませ」
客: 「いやあ、どうもー」
(客、何か探す体で、きょろきょろする)
店員: 「本日は何かお探しですか?」
客: 「とくにこれっていう訳じゃないんだけどねえ……」
店員: 「しいていえば、何でしょう?」
客: 「うーん。しいていわなくていいかな……」
店員: 「ああ、そうですか。ではごゆっくりどうぞ」
客: 「どうもー」
(客、何かをみつけた体で、店員の方をみる)
客: 「すみません」
店員:「はい! 何でしょうか?」
客: 「この電動歯ブラシなんですが」
店員:「こちらですね?」
客:「はい。これって靴を磨けますか?」
店員:「靴ですか?」
客:「そう、靴」
店員:「こちらは歯を磨くためのものですが……」
客:「そうだけどねえ、昔から古くなった歯ブラシで靴磨きとかするじゃないか」
店員:「ふつうの歯ブラシでは、そういうことをするかもしれませんが、電動歯ブラシですよ」
客:「いいじゃないか。よく磨けそうで」
店員:「いやいや汚くないですか?」
客:「どうして? 靴を磨いた後で歯を磨く訳じゃないよ」
店員:「そういわれればそうかもしれませんけど」
客:「そうだろう? ちゃんと歯を磨いた後で、靴を磨くんだから」
店員:「それじゃあ同じでしょ。次に歯を磨くときは、靴を磨いた後っていうことになりますよ」
客:「そうかあ。いやあ残念だなあ。靴磨きにちょうどいいと思ったんだけどなあ」
店員:「おやめになりますか?」
客:「そうだねえ。前に靴を磨いた後の歯ブラシで歯を磨いたら、口の中がワックス臭くなっちゃってねえ。いやあたいへんだったよ。ハッハッハ」
店員:「やったことあるんですか?」
客:「まあ若気の至りだよ。ワッハッハ」
店員:「若くてもふつうやらないでしょう。豪快なひとですね」
客:「ほかのものを見せてもらおうかな」
店員:「どうぞごゆっくり」
客:「店員さん、これはなんですか?」
店員:「こちらはマッサージ器になります」
客:「じゃあいまはなんなの?」
店員:「えっなんですか?」
客:「いやあこれからマッサージ器になるんだったらいまはなんなんだろうと思ってねえ。ハッハッハ」
店員:「ことばのあやですよ。いまもマッサージ器です」
客:「いまもむかしもマッサージ器なんだねえこいつは。しっかりしてるなあ、おまえは」
店員:「新製品ですからむかしっていうほどの過去はないと思いますけどね」
客:「なるほど。人の過去を詮索するとは、無粋なまねをしてしまいました」
店員:「人じゃありませんからね。べつにプライバシーは気にする必要ないでしょう」
客:「個人情報には気をつけないとねえ」
店員:「だから人じゃないですって」
客:「でもね店員さん。ものにも心はあるんだよ。人に接するように思いやりを持って接してやれば、ものも応えてくれるんだ」
店員:「そんなもんですかねえ」
客:「あなたは夢がないねえ。ハッハッハ」
店員:「こども五人抱えて、家のローンも残ってますからねえ」
客:「いいじゃないかあ、お子さんがたくさんいて楽しいでしょう。可愛いよねえ、ポチとかクロとか名前を付けたりして」
店員:「人間の子ですからね! ちゃんとした名前を付けてますよ」
客:「そうですかあ。意外だなあ」
店員:「なんで意外なんですか。当たり前でしょう」
客:「いやあ、あなたが当たり前じゃない顔をしているもんだからねえ。ハッハッハ」
店員:「笑っていうことじゃないでしょう。失礼なこといわないでください!」
客:「このマッサージ器なんだけどね」
店員:「まったく人の話を聞く気がないですね、あなたは。マッサージ器がどうかしましたか?」
客:「蕎麦は打てるかね?」
店員:「なんですって? マッサージ器で蕎麦が打てるかって? 打てませんねえ、蕎麦は。蕎麦を打つ道具じゃありませんから」
客:「でもねえ、蕎麦を打つときにまず蕎麦粉をこねなきゃならないでしょう。それがたいへんなんですよ」
店員:「それとマッサージ器にどういう関係があるんですか?」
客:「蕎麦を打つときは揉むように生地をこねるんですよ。マッサージ器ならよく揉めるんじゃないかと思ってねえ」
店員:「こんなもんで生地を揉んだら、生地がバラバラになっちゃいますよ!」
客:「そうかあ、残念だなあ」
店員:「おやめになりますか」
客:「そうだねえ。蕎麦が打てないんじゃあ使い道がないなあ」
店員:「ほかにどんなものをお探しですか」
客:「どうやら靴磨きも蕎麦打ちも自分でしなきゃいけないようだからねえ。疲れて肩が凝ったときに、からだを癒してくれるよな機械はあるかなあ」
店員:「それがマッサージ器だよ!」
(おわり)
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