2人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
レイの日記(ライの街編)
【ここからは1年ごとの記述になります】
1821年
マークという男に孤児院の生き残りということで保護されてから1年以上が経った。
島はシスターとファムごと沈んだ。
孤児院の屋上で見たあの景色も全てなくなってしまった。
決意も覚悟もなんの役にも立たなかった。
僕は何もできなかった。
馬鹿だな、僕は。
マークはエイダの兄貴分らしく、よく話をしているのを見る。
エイダはあの時、本当の家族として暮らしてきたシスターに抵抗して、僕達を助けてくれた。
その際に脱出の手配をしたのがマークだったが、ファムとマークは知り合いのように見えた。
マークは何者なんだ?なぜ僕達を助ける。
エイダのためだろうか。
いや、僕には関係のない話だ。
敵ではない、ということのみがわかれば、それでいい。
使えるものは何でも使ってやる。
この街は活気がなく寂しいな。
かつては港として栄えていたというが、密輸業者が跋扈したことで没落したらしい。
はは、僕は親近感でも感じているのか?
馬鹿らしい。
しかし、美しい街だな。
1822年
街の雑貨屋の仕事を少し手伝うことにした。
あまり人手を必要としている店ではないが、何かできることはないかと探していたら声を掛けてもらった。
何もせずマークの大学から援助を受けて生きるというのは間違っている。今は僕も平民と同じく働いて金を得るべきだ。
あまり気にしていなかったが、孤児院の経営は教会への寄付と領主からの援助で成り立っていたのだろうな。
それでもやりくりは大変だったはずだ。
裏切られてもなお、僕はこんなことを考えているのか。
雑貨屋は歳をとった老夫婦で営まれ、重いものや高所での作業に苦戦しているようだった。
僕も力仕事は得意ではないが、男性として一般的な筋力を持っている。
力になれるのであれば、手を貸したいと思った。
この雑貨屋は品揃えがいいからな。
怪我をして閉店などとなってしまったら困る。
僕が絵を描くことに興味を持っていることを話すと、老夫婦は画材をプレゼントしてくれた。
試しに描いてみたが、なかなか思った通りに描けない。
元画家だという主人の勧めに従い、1日中風景や果物、人物と様々なものを観察してみたりもした。
筋がいいと言って褒めてくれたが、まだまだ足りないな。
アルバの絵がどのようなものだったのかあまり覚えていないが、あれくらいは描けるようになりたい。
いつか、アルリシャを描かせてほしい。
また会えると信じている。
1823年
エイダはあれからケネスとポーラという子供の遺品を身につけて過ごしている。
僕は彼らのことは何も知らない。
しかし、エイダにとっては大切な家族だったはずだ。
僕が父上と母上を大切にしているのと同じくらい、だろうな。
父上にとって叔父は弟だった。
家族だったはずだ。
それを裏切った叔父を許せるか?
許すわけがない。
だからといって殺すというのは直接的すぎるが、それをも辞さないつもりだ。
日々の射撃訓練は欠かせない。
反撃を受けてもいいように丈夫な服も用意した。
相変わらず体力も足の速さも身につかなかったが、であればそれが必要ないように立ち回ればいい。
それが必要になれば、フラムがいる。
フラムがいることを前提に考えているというのはおかしな話だな。
いつか別の道を歩むことになるだろう。
いつまでも期待に答えてもらえるとは思わないほうがいい。
そのフラムは、礼儀正しさとかいう仮面を貼り付けるようになったが。
僕やエイダの前ならともかく、マークを含めて他人に対する態度が変わったな。
かつてのフラムは根拠もなく自信を持っていたように見えた。僕は正直その根拠のなさを羨ましく思っていた。
しかしそれではいられなかったようだ。
僕だって過去を忘れたわけじゃない。忘れるはずもない。
ファムのことやシスターのこと、島のこと。
しかしそれは僕の人生の通過点に過ぎない。
僕の使命はもっと先にある。
父上と母上はお元気だろうか。
1824年
父上と母上は借金を返済されたようだ。
僕には何もできなかったのは恥じるところだが、やはりお二人はさすがだな。
未だに暮らしは厳しく共に暮らせるようにはなっていないらしいが、いつかは、いや、その日を作ることこそが僕の使命だ。
爵位をあの男から父上のもとにお返しし、以前のような暮らしに戻っていただく。
僕もスタンリー伯爵家の長男として再教育を受けることになるだろうな。
そうなると、フラムやエイダとはしばらく離れることになるだろう。
しかし、落ち着いた頃に正式に招待状を用意し、スタンリー伯爵家の本邸に招き、父上と母上に紹介しよう。
お二人から頂いた時間で、素晴らしい仲間ができた、と。
僕も素直になったものだな。
今になって孤児院時代の日記を読み直したら笑ってしまうかもしれないな。
没落させられてから6年か。
エイダと出会って6年、フラムなら5年。
ファムやシスターと別れて4年。
長いようで短いな。
しかし僕は確実に成長している。
内面も、技術も。
貴族としてはどうか、わからないがな。
まだ話していないな。
フラムにも、エイダにも、何も話していない。
しかしあいつらはすでに察しているんじゃないか?
それとも驚くだろうか。
拒絶されることはない、というのは確かだな。
僕は案外幸せ者かもしれないな。
最初のコメントを投稿しよう!