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レイの日記(孤児院編)
【島民祭を6月、レイの誕生日を12月と仮定した日記です】
(メモ)
1805年生誕
1818年13歳孤児院に引き取られる。
☆1818年6月(仮)
マザーという女性が日記をつけることを勧めるから、気乗りはしないがつけてみることにする。
何を書けばいいのか聞いても、「あなたが書きたいことを書けばいいのですよ」となんの役にも立たない返答ばかりだ。
仕方がないから今の状況を整理する。
今日から孤児院の世話になることになった。
孤児院には同じ年のエイダという孤児しか住んでいなかった。これは僕にとってはありがたかった。小さい子供の相手なんてしていられないからな。
そもそも僕はなぜ孤児院にいるんだ?
未だに状況を飲み込みきれない。
叔父上はどういうつもりなんだ。
父上と母上はどうなってしまったんだ。
つい最近まで伯爵家の嫡男として、平民たちの暮らしを守るという父上の仕事を継ぐために勤勉に生きていたはずなんだ。
それがどうして今……叔父上、いや、あの男のせいだ。
あの男は父上と母上を騙し、借金を背負わせた。
そして僕の家は没落し、僕達は没落貴族になった。
お前らはもう貴族じゃない、今日から平民のように暮らせなどと言われたとして、それで暮らしていけるわけがない。
ましてや平民は貴族を嫌うものだ。どんなに誠実に政務に励んでも、没落した貴族に手を貸すようなやつはいない。
だから、僕はここにいる。
父上と母上は二人共貴族の生まれで、自分たちが暮らせる分すら稼ぐのが難しい。ならば、僕が残っても重荷になる。
父上と母上は、お前は孤児院で新たな家族と暮らし、我々のことは忘れて新たな人生を生きろと言ってくださった。
しかし、そんなことできるわけがないだろう!!
尊敬する父上と敬愛する母上は未だ借金を背負った暮らしをなさっている。それを見ぬふりしてのうのうと暮らせるような僕じゃない。
それが僕達家族の運命だった?そんなことは許さない。
必ず、変えてみせる。
しかし僕は無力な子供に過ぎない。孤児院で平民について学びながら、自己鍛錬を忘れず機を伺うしかない。
気は乗らないが、孤児院の家族ごっこに付き合ってやろう。
そのためには僕が元貴族であると知られると良くないかもしれない。マザーという女性がどこまで知っているかわからないが、島の平民やエイダという孤児にはバレないようにしよう。
1818年7月
いい加減にしてくれ。
なんなんだ、あいつらは。マザーはまだ保護者として、大人として子供にものを教えているのだと納得できる。
しかしエイダ、君は僕の何を知っている?いや、何も知らないからそんな目で見るんだろう。
洗濯も料理もしたことがないんだから仕方ないじゃないか。
手を水につけて洗えだの、干し方が悪いだの、野菜を洗剤で洗うなだの、包丁の持ち方が違うだの、細かいんだ。
それでよく生きてきたわね、などと言われても何も反論できないが、この鬱憤をどうすればいい。
悪戯でも仕掛けるか?いや、そんな子供のようなことを僕がするのはみっともない。
1818年8月
今日はマザーに町まで買い出しに行ってほしいと言われた。僕は本を読んでいたから断った。
孤児院から町は遠いし歩くと疲れる。人も多い。
そもそもなぜ僕が行かなきゃいけないんだ。
しかし、エイダに私も一緒に行くから、と引っ張られ、それでも断り続けたら叩かれた。そんなに強くはなかったが、つい読んでいた本を投げてしまった。
マザーに怒られ、結局買い出しにも付き合わされ、島の子供にからかわれ、最低最悪の日だ。
1818年9月
エイダと買い出しに行ったら町に貴族のような男が歩いていた。こっそり抜け出して父上と母上のことを知らないか聞いてみたが、知らないようだった。落胆もしたが、安心もした。悪い噂が聞こえないということは、きっと無事に暮らしているということなんだ。
あとでエイダに泣かれた。勝手にいなくなるから心配したと。僕がはぐれて迷子になったとでも思ったのか?少し勝手に寄り道しただけじゃないか。
☆1818年10月
マザーが蒼の地図という物語を読んでくれた。読み聞かせという歳でもないが、エイダは楽しんでいるようだから付き合ってやろう。
しかし、星図と海図が示す地に財宝がある、か。そんなおとぎ話、本当にあるわけがない。信じるのは子供だけだ。
それでも、その財宝があれば父上と母上を解放できるのだ。
なぜここまで諦められないのだろうか。実在するわけがないのに、執着してしまう。
もし、蒼の地図が実在するのなら、探さねばならない。
父上と母上を救うためなら、バカバカしい伝説にだって縋ってやる。
1818年11月
蒼の地図は見つけたとしても、財宝を見つけるまでは海の上で過ごさねばならない。となると、水泳をできるようになったほうがいいという僕の考えは間違っていなかったはずだ。
僕は孤児院の裏手にある湖で泳ぐ練習をすることにした。
しかし時期が悪かったのか、水中で足がつって溺れてしまった。
たまたまエイダが僕を探しに来ていなかったら、そのまま溺死していたかもしれない。反省している。
しかし何より反省しているのは、本気で心配させてしまったことだ。
今までが本気ではなかったわけではないだろうが、買い出しではぐれたときとは比べ物にならなかった。
叩かれた、というより、殴られた胸がまだ痛い。エイダは今まで手加減をしていたのか?
マザーにも心配をかけてしまった。
しかし、僕には泳ぐ才能がないんじゃないか?もう泳げる気がしないな。
☆1818年12月
今日は僕の誕生した日だ。孤児院に来たときにマザーに聞かれ、答えていたからやはり祝福の準備がされていた。
マザーの作るパイは絶品だ。あたたかくて甘い。
それから、二人からプレゼントを受け取った。
中にはガラスペンが入っていた。今日記を書いているのもこのガラスペンを使っている。
僕の目のような色を選んだという。確かに見惚れてしまうような深い青だ。二人はいいセンスをしているな。
今日から14歳だ。また一つ大人になった。
まだ焦るような時期じゃない。冬の寒さが厳しいが、父上と母上はお元気だろうか。
1819年1月
年が明けて早々に雪が降った。マザーとエイダに教わりながら雪かきをした。雪が重い。こんな肉体労働続けられるか。
しかしエイダ、君はその小さい体のどこにそんな体力があるんだ?僕より器用に雪かきを進めていた。慣れの差だろうか。
僕も少しは体力や筋肉をつけたほうがいいかもしれないが、腕立て伏せをすればいいのだろうか?筋肉のつけかたがわからない。
1819年2月
孤児院に来てから半年になる。未だ入ったことがない部屋は多く、平民の暮らしについても新しく知ることは多い。
教会に遊びに来た町の子供にかくれんぼという遊びに誘われた。礼拝堂の横には「危ないから入ってはいけない部屋」という部屋があるが、町の子供はそんなことは知らないので入ろうとしていたから止めていたら、マザーが焦ったように駆け寄ってきた。鍵はかけてあったが、もし壊れていたら危ないからな。
しかし、あの時のマザーは珍しく本当に焦っていたような気がする。そんなに危ないものがあるのか?まあ、僕には関係ないか。
1819年3月
少し暖かくなってきたか?僕も孤児院の暮らしに大分慣れたようだ。貴族であったときは道端の花など気にしなかったが、エイダやマザーが好きなようだから僕も自然と見るようになった。
花といえば、あの子も庭園の庭を見て喜んでいたな。花のように可憐でよく笑う少女。
名前を知る前にいなくなってしまったあの子は、今どこで笑っているだろうか。
僕と交わした約束を覚えてくれているだろうか。
昔の口約束だから、覚えていなくてもいいし、心変わりしてしまってもいい。
僕の初恋を君に捧ぐ。
1819年4月
買い出しにも慣れたもので、町に行くと島民にも名前を呼ばれるようになった。魚屋、果物屋は興味ないが、雑貨屋に行くのは好きだ。金を無駄に使うわけには行かないからお使いで小麦粉を買うときくらいしか行かないし、個人的なものなどは買わないが、見ているだけなら楽しい。「たまには買ったらどうだい?そんなに見てるんならさ、買っても後悔しないでしょ?」と店主にも言われたが、まだ金を使うことを楽しむことができない。
町には買い食いの屋台も立っているが、僕は食べたことがない。
父上と母上もこういうものを食べているだろうか?
僕はこうしていていいのだろうか。
1819年5月
町の子供に「親なし子」とか呼ばれることがあるが、僕は気にしていない。しかし、エイダがそう呼ばれるのは嫌だな。エイダとマザーは本物の親子のようで、マザーがエイダを見る視線は慈しみに溢れている。親がいないからといって何が異なるというんだ。
僕はもの申そうとしたが、エイダに止められた。
エイダがいいって言うなら、僕も大人しく聞き流すが、あまり気分のいいものではないな。
☆1819年6月
僕が孤児院で暮らすようになってから1年が過ぎた。
状況は変わらず、父上と母上をお救いできる目処は立っていない。
しかし、新しい孤児が来た。
マザー曰く「今日から家族」になる、フラムという奴だ。
僕はいつまでもここにいるつもりはない。マザーには申し訳ないが、「家族」になるつもりもない。
フラムという奴は自分のことは自分で世話をする気でいるようだから、エイダほど煩わしくはないだろう。
1819年7月
フラムという奴が来てから一月が経ったが、平和そのものだな。奴は宣言通り自分のことをするばかりか、僕の分まで先んじて終わらせてくれていることがある。
「いやお前遅くね!?本置きに行ったらすぐ来るんじゃなかったのか?」
と言われたが、僕はいつも通り書斎で休憩してきただけだ。
今日の中庭掃除の当番は僕だったが、フラムがやってくれて楽だったな。
しかし面倒なのが、僕に「仲間」として接してくることだ。
マザーの言うように「家族」というわけではないし、「仲間」程度であれば受け入れてもいい気もするが、「仲間」というのはそれほど重要か?
僕には価値がわからないが、フラムは「仲間」にこだわっているように感じるな。
「冒険」も好きなようだし、僕とは異なる価値観を持っているんだろう。
さして知る気もないが。
1819年8月
フラムと買い出しに行った。エイダはマザーの留守を預かるため孤児院で待つことになり、「レイ、メモは持った?私がいなくてもちゃんと買い物できるのかしら。勝手にフラムからはぐれないでね」と心配されたが、僕をなんだと思っているんだ?
なぜ新参者のフラムより僕が心配されるんだ。
実際、なんの問題も起こさず買い出しを終えて帰還した。
フラムは島の人間と馴染むのが早く、何人かには既に名前を覚えられているようだ。
詳しい事情は聞いていないが、もともと島の出身なのか?
まあこの分ならフラムを一人にしても大丈夫だろうと考え、フラムが島民と世間話をしている間に先に孤児院に帰ろうとしたら「いやいやいやいや!」と止められた。
この場に僕がいても仕方ないだろう。
外にいるのは疲れる。先に帰ったほうが合理的じゃないか?
1819年9月
孤児院の書斎には様々な本が所蔵されているが、僕が普段読んでいるのは歴史書だ。自国や他国の歴史を学ぶことは教養として重要であり、貴族の嫡男の地位を落とされたからといって、蔑ろにしていいものではないと思っている。
エイダやフラムも書斎に本を借りに来ることがあるが、エイダは僕と同じく歴史書だとか、医学書、心理学に関する本なども読んでいるようだ。エイダがいつからここに住んでいるのかわからないが、書斎の本は大方読んでいるんじゃないか?
フラムは星が好きなようだな。天文学の本を探しに来たことがあった。僕は星より月を見る方が好きだ。星の光は頼りなくて見ていて落ち着かない。そう言ったら面白い話を知ってるから今度一緒に見ようと言われた。面倒だな。
そういえばこの孤児院は部屋番号がタロットカードのように割り当てられているが、マザーは占いが好きなのだろうか?
書斎にもそのような本が多いな。今度聞いてみよう。
1819年10月
そろそろ再び冬がくるな。父上と母上は健康に過ごされているだろうか。お身体を壊してはいないだろうか。
島もじきに冬の寒さが厳しくなっていく。ロンドンは雨も多いからなおさらだ。
僕はここに来てから何か変わることができただろうか?
僕は
フラムに呼ばれ、日記を書いている最中だったにもかかわらず中断することになり、何を書こうとしたか忘れてしまった。
どうやら孤児院の屋上から見る月が綺麗だと言いたかったらしい。この間の話を覚えていたのか。
こんな時間に呼ぶな、寒いだろうと思っていたが、エイダも加わり、マザーが温かい紅茶を持ってきてくれたからしばらく4人で話し込んでしまった。
フラムは星と船に詳しく、冒険が好きなようだ。
エイダはキリスト教の教えを熱心に説いてきたな。
主に僕に向かって。
「人は助け合って生きていくものだ」と。
フラムにも頼ってくれと言われたが、僕は君達に頼らねばならないほど非力じゃない。
僕にはやらなければならないことがある。非力だと困るんだ。
1819年11月
半年後、島民祭という10年に1度の祭りがあるらしい。一月の間開催され、最後に領主の館で島の守り神に感謝を捧げるという祭りのようだ。外から多くの商人や劇団が来て賑やかになるから、島民たちもその祭りに向けて準備を始めているようだ。
僕にはあまり関係のない話だと思って聞いていたが、マザーにレイも折角の機会だから楽しんでくださいねと言われると断りきれないな。
しかし、町が活気づくのはいいことだ。領主には会ったことはないが、なかなか優秀な統治をしていると思う。
1819年12月
今年もマザーが祝福の料理を作ってくれた。僕がベリーを好んでいることを知ってか、ベリーのタルトを焼いてくれた。
今年もエイダとフラムがプレゼントを出してきたから開けると、青いペンダントが入っていた。去年のガラスペンを気に入ってくれたみたいだから、と今年も青いものにしたそうだ。
確かに僕は青が好きだ。ガラスペンも大切に使っている。
このペンダントも、僕の数少ない持ち物の一つに加えてやろう。
1820年1月
新年が来て、雪が降った。
フラムは雪遊びをしようと提案してきたが、そんなもの付き合ってられるかと拒否したら一人で丸いものを作り始めた。マザーにたまには外で遊ぶよう言われたから外に出たら、フラムが雪を投げてきた。
ただ雪を投げられるのは癪だったから同じように雪玉を作り投擲していたらエイダが呆れた目で見てきた。
違う、僕は遊びたかったわけじゃない。
しかし雪まみれになってしまったためいつもより早めに風呂に入ることになった。
1820年2月
フラムとエイダがいる生活にも慣れてきたが、その分父上と母上について考える時間が少なくなっている気がする。
お二人への思いや叔父への憎しみは忘れていないが、眠れない日が減っているのはいい兆候なのだろうか。
焦っても変わるものじゃない以上、焦りに囚われず目の前を見ることができているのは孤児院に来てからの成長であるはずだ。
それでも時折眠れない夜が来るのは仕方のないことだろう。
そんな日を埋めるためにも、日記を書くことを勧めてくれたマザーには感謝している。
1820年3月
フラムはこんな歳になって孤児院の世話になるなんてと言っていたが、確かにその通りだな。
僕ももう15だ。いつかはここを出て、いや、本当はすぐにでも借金を返済して叔父から爵位を取り戻さねばならないのだが、なかなか目処が立たない。
僕が地道に働いても返せる額の借金ではない。しかし、金を膨らませることができるような知識もない。
清くない金で返済するのを避けたいというのは、我儘でしかないんだろうな。
どんな手を使ってでも、お伽噺に縋ってでも父上と母上をお救いすると決めた。
しかし、貴族としての矜持を捨ててはお二人に顔向けできないな。
平民の生活を守るのが貴族の役目だ。善良な平民に害を為すような、盗みなどは言語道断だな。
まずは方向性を定めねばならない。
1820年4月
島が浮足立ってきた。島民祭が来月から開催するからな。
島民祭か。外から珍しいものも入ってくるという。露天市は見ておきたいな。
フラムやエイダと回ることになると思うが、頼めば寄ってもらえるだろうか。
いやしかし、これまで僕には関係ないと言っていた以上、突然興味が湧いてきたなどとは言いづらいな。
いや、意地など張る必要もないか。
島民祭当日が楽しみだ。
☆1820年5月
また新たな孤児が来た。僕とエイダ、フラムは偶然にも同い年だったが、今度の孤児は年下の男子だった。
フォーマルハウト、ファムと呼ぶことになった。
物静かで魔女について書かれた本を気に入っているらしい。
僕はあまりそういうものに興味はないが、この本を読むことがファムを知る一番の近道だろう。
僕達はあまり互いの事情を詮索してこなかったが、孤児になっている以上、何らかの傷を抱えているものだろう。
それを受け入れるための孤児院だ。僕も力になれるといいが。
一方でこれを機に、孤児院からの独立を意識してマザーではなくシスターと呼ぶことにした。
マザーはニコニコしてどうしたのですか?と聞いてきたが、シスターと呼ぶことにした以外の何もない。
ファムは丁度いいときに島に来たな。
島民祭が始まり、島全体が活気づいている。
買い出しに行っても普段より賑やかだった。
しかしファムは度胸を持ったやつだな。自身より大きい子どもや貴族相手に臆さず立っていたその姿勢は目を瞠るものがあった。
露天市を見てきたが、残念ながらめぼしいものは見つからなかった。
あの強欲な男なら家の家財を売り払っていてもおかしくないと思っていたが、それらしいものを見かけることがなかったのは喜ぶべきか。
ファムと病気の少女がいなくなったときはヒヤヒヤした。
あれは魚人だったのか?運良く武器庫を見つけ、拳銃を拾うことができたが、当たらないのでは意味がないな。
アルリシャに再会できたのは嬉しかった。
相変わらず元気なようで安心したが、画家の男が見つからなかったな。逸れたのか?
船にも一人で潜り込んだと言うし、魚人の住む船で先頭を走っていこうとするのは心臓が冷えた。
僕が前に出るというと後ろについてくれたが、僕もあまり頼りにならないことを自覚した。
正直なところ、フラムが前に出てくれて安心してしまった。
鍛えなければならないな。
アルリシャを守れるほどに。
1820年6月島民祭最終日
(その先のページは破られている)
1820年?月
マークの誘導の元、ライという街に住むことになった。
この日記はここで終えることにする。
僕は誓ったはずだった。
結局何もできなかった。
しかしこれだけは覚えておかなければならない。
「僕の分まで生きて」
明日からは新たな日記を書こう。
僕はここで立ち止まるわけにはいかないんだ。
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