わたしのともだち

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「わたしのともだち」  時刻は5時38分になった。朝の黄梅駅は空気が鉛のようで、スマホを持つ手さえ重く感じている。黄梅駅の二駅先の上坂駅を降りると、私たちの通う翠清高校があって、そのもうひとつ先の駅には、新幹線や特急が何本も止まる大府駅がある。今日、私がこの駅に来ているのは私と、私の友達がその大府駅で遊ぶ約束をしているからだったりする。  そうはいっても、私の暮らしているY県はあまり都会ではないので、始発でも黄梅駅を5時57分に通過する。  約20分の暇をもてあそんで、私の目は白に水色のストライプが入ったスマホに移る。 スマホのロック画面を見ると、条件反射のように私の耳は誤作動を起こす。ミニスカートと派手目のリュックを背負うあの子の笑い声が耳の中で反響する。あの子のアカウントは、とっくにブロックしたはずなのに、今でも通知の音にビビっている私に辟易する。 気を取り直して、親友とのトーク履歴をタップする。親友とはこの駅で待ち合わせだ。昨日の22時54分の会話を確認して、心の不安を一つずつ潰していく。  スマホを使い始めてから、数分経ったか経たないかくらいで、私の横髪に差したヘアピンがホームの黄色い線に落ちた。今はピンク色だ。一つ前は、水色。ちなみに、私が今背負っている黒色のバッグは3代目だ。何度色違いを買ったのか、自分でさえわからないことがある。水色のピンは、結局捨てられてしまったのだろうか。無益なことを考えて、ピンを拾おうと伸ばした手が震える。  何も考えないようにしよう、これからは楽しいことがあるんだから、と自分を納得させるように小刻みに頷いて、私はスマホの動画再生アプリをタップする。絡まったイヤホンを少しだけほどいて、スマホに差した。イヤホンからは、学習塾の広告音声が流れてくる。 あの人には、似ても似つかないはずの動画内でで何度も叫ぶ中年の女性芸人が、ふとあの人の声に聞こえて、私はイヤホンを乱暴に抜いた。手には赤く、コード状の跡が残っている。  「謝りなさい。あなたが悪いんだから」 ミニスカートのあの子、その子の親友のツインテールのあの子、爪の長いあの子、韓国風の化粧をしているあの子、に私はいまだに誤っていない。真っ赤な口紅で英語を教えるあの人に謝れと言われたのに。あの子たちから、たくさんのことを教えてもらったのに、私はありがとうすら言えていない。  もう何もしないで、ぼうっと電車を待っていようと、私は時間を確認してスマホをバッグにねじこんだ。数日前にインストールしたメモアプリを新たに開いたまま。  時刻は、5時51分だ。黄梅駅と大府駅を結ぶ普通電車の前に、特急がここを5時53分に通過する。あの轟轟とした音が苦手で、目を瞑るために通過する時間も覚えてしまった。親友はまだ来ない。しっかり者で頭も悪くない親友は、いつも10分前行動をしているはずなのに。まあいいや、と私はため息を吐いた。周りが白く濁ったのも一瞬で、すぐに鉛のような空気に同化してしまった。  時刻は5時50分42秒だ。線路の奥の信号が、色を変えた。私は深呼吸をして、目を瞑る用意をする。  時刻は5時50分53秒だ。そろそろやらなくちゃ。 私は親友の親友でいられたよ。いられたよね。
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