夏の終わり23

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夏の終わり23

 それは私が会社に行ってる時、丁度給湯室で珈琲を入れてた時の事だった。最近、少し仕事が忙しく太一のとこへ二日ほど行けてなくてこの日は久しぶりに(といっても二日ぶりだけど)病院へ行く予定。だから今日は朝から自分でも分かる程にご機嫌だった。  でも鼻歌なんか歌いながら淹れた珈琲を一口飲もうとしたその時。スマホに呼ばれた私はポケットから取り出すと画面を一度押し耳へ当てた。画面の表示で分かっていたがそれは病院からで相手は先生。何だろうと思いながら電話に出た私は先生の言葉に黙って耳を傾けていた。だけどその言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になり何も返事をしないまま電話を切った。  そして私はまだ仕事中だというのにそんな事は気にせず(というよりそんな余裕はなかった)会社を飛び出し一心不乱に病院へ。その間、頭の中はさっきの先生の言葉で埋め尽くされ他の何かが入り込む余地はない。そして病院へ駆け込んだ私はすっかり慣れた道順で太一の病室のドアを開けた。  息を切らしながら騒々しく病室へ入ってきた私へ太一の傍に立つ先生と看護師の視線が同時に向けられる。でも私は気にも留めず真っ先に太一の元へ駆けた。穏やかな表情で目を瞑ったままの太一。 「太一! 太一!」  私は声を荒げながら何度も彼の名前を呼び体を揺すった。だが太一は目を開かずただ私に揺らされているだけ。 「容体が急変し、手は尽くしましたが……」 「そんなの……。嘘。だって太一はまだ……」  その表情もただ寝てるだけだし、頬に手を伸ばしてみれば体温を感じる。どっからどう見ても太一はまだ生きてる。いくら先生の言葉とは言え私の頭は必死にそれを否定していた。だがもう片方の手で彼の胸に手を触れたその瞬間、凍り付くような感覚に襲われた。そこにあるはずの生命の声が――口から返事をしてくれなくても絶対に応えてくれるはずのものがそこには存在してなかったから。まるで誰もいない家のように不気味な程に酷く静まり返っていた。  私は顔をこわばらせながら視線を隣の先生へ。 「残念ながらご主人は、亡くなられてしまいました」
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