顔貸し屋

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 私は毎週違う人間になり、その人生を謳歌した。普段の自分と違う人生は解放感があり、そのどれもがとても魅力的だった。何より、責任を負う必要がないことが最高だった。何せ、何か問題を起こしたとしても、今後その顔を使わなければいいだけなのだ。旅の恥は掻き捨てだ。そうして、私のクローゼットは、いろんな人間の衣服で溢れていった。  だがそうやって過ごしていくと、今度は元の自分に戻るたび、鏡に映るその姿に落胆することになった。手入れの行き届いていないぼさぼさの髪。血色の悪い顔色。乱雑な歯並び。貧相な体つき。見れば見るほど、いかに私が路傍の石に過ぎないのかを知ることになり、元の自分に戻るたびに気分が下がった。  いっそこのまま違う人間になってしまえばいいのではないか。そんな考えが頭をよぎる。この仮面をずっと身に着けていれば、それも叶うんじゃないか。そう考えるたびに、私はその思考を振り払った。顔貸し屋の期限は一週間。それを破れば、もう二度と私が他の人間になることはできないのだ。私は自身に必死に言い聞かせた。
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