顔貸し屋

9/15
前へ
/15ページ
次へ
 そうして過ごしていた、ある週末のことだ。私がお気に入りの美女の仮面で街を歩いていたところ、いつものように声をかけられた。普段の顔なら見向きもされないのに、今ではこうして声をかけられることにも随分慣れたものだった。少しもったいぶりながら振り返ると、そこにはかつての恋人の姿があった。  驚きで声を上げそうになるのを必死に堪えながら、私は彼に微笑んでみせた。一目惚れとはきっとこういう状態のことを言うのだろう、彼の表情はこれ以上ないほど分かりやすかった。  冷静を装いながらも、私の心臓は高鳴っていた。私は彼が好きだった。その気持ちは今も心の中にわだかまりとして残っていた。私達は細かなすれ違いでうまくいかなかった。もしあの時私が素直に謝れていたなら。甘えることができていたなら。今とは違う未来が待っていたんじゃないか。もしかしたら、幸せに二人で過ごせていたんじゃないか。それはもう、叶わないもしもの話だと思っていた。  だけど、今ならどうだろう。今のこの私なら、彼は私を再び愛してくれるのではないだろうか。そんな期待を、持った。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加