05 国を統べる者

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 忘れていた呼吸を再開するように、シュウは息を吐き出した。  ナノの暴走はギリギリで止まった。凪沙の自我は保たれ、最悪の事態は回避されたのだ。 「何故だ……」女王がうわ言のように呟く。「ワタシを殺すのを、何故とめた……解答不能」躰が痙攣を始める。「報復をなぜ中止した……解答不能」自問自答をくり返す。 「ヒトの心がマシンごときにわかるかよ」シュウは吐き捨てた。 「圧倒的な優位をなぜ放棄した……」、「達成率99%のタスクを何故キャンセルした……」両目が上転し痙攣がひどくなる。全身から黒い煙が上がり始めた。「解答不能、解答不能、かいとうふのう……かい、と、う──」  得られない解への演算で過負荷になり、論理破綻した麻薬ナノマシンは崩壊を始めた。ナノより小さなピコへ、フェムトへ。  女王は昇華する。黒く立ち昇って消えてゆく。  殉死するように、兵隊たちも同様の黒煙と化した。大広間(ホール)の高みに吸い込まれて消えてゆく。  血の海にひざまずいたベンケイの腕の中で、凪沙は口を半開きにし、子供のように寝息をたてていた。  雨音は弱まる。  まもなく雲が割れて、陽の光が射すだろう。小鳥がさえずり虹も架かるに違いない。  そうだ。おとぎ話はいつだって、こんなふうに終わるのだ……               *  シュウはベッドで目覚めた。  部屋だ。壁時計の日付表示は丸一日の経過を示している。  凪沙とベンケイは隣で寝ていた。凪沙の頭からはコードが外され、グレーのニット帽が被せてある。  傍らで作業していた女性看護師が、シュウの動きに気づいて微笑んだ。「ご気分はいかがですか」  やさしい、ヒトの笑顔にホッとする。  急に思いついて右手を上げた。  肘から先は付いていた。指もちゃんと五本揃っている。 「何も問題ありません。隣の二人はどうですか?」 「何も問題ありませんよ。Aliceを克服するなんてスゴイ。感動しました」看護師の目尻に光るものがあった。  今回は救出対象がブーステッドだったという特殊事情がある。誰でも救えるわけじゃないだろう。だが、得られたデータはナノマシン麻薬──VRDの治療に寄与するはずだ。 「じきに医師(せんせい)が来られます」機器の点検を済ませ、クリップボードを胸に会釈して、看護師は部屋を出た。
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