05 国を統べる者

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 シュウはベッドを出て衣類を身に着ける。ドアに向かうと背後で音がした。  患者衣の凪沙がベッドから下りていた。 「行ってしまうの?」 「ああ、さよならだ」 「行かないで!」命令口調で彼女は言った。裸足でこちらへ踏み出す。「好きなの、アンタが」 「オマエは勘違いしている。オレは仕事をしただけだ」仕事ではないが、そうとしか言えない。妹に重なったなどと言えない。 「ずっと一緒に居て。アタシ、ECHIGOYAの社外役員なの。ウチへ来たらお給料は三倍、いや五倍──」 「救いようのないバカだな。オマエを助けたのはオレじゃない。後ろで寝ている男だ」 「ベンケイ? アイツはボディガードだもん。アンタが好き。タイプだし」  パン、と高い音がした。娘の頬を張っていた。  凪沙はポカンと口を開けた。親にも手を上げられた事がないはずだ。 「当たり前のように近くに居るから、わからないだけだ。オマエは心の底でベンケイを想っている。アイツが串刺しになったときキレたろう。リミッターが吹っ飛んだ。あれが証拠だ」  茫然とシュウを見ている。「アンタも、好きだよ」消え入るような声になる。 「オマエに興味はない。好きになるのは勝手だが、オレは人を愛せない」愛する者を二度と失いたくない。だから感情を凍らせた。そんな説明はする気もない。 「なあ、お嬢ちゃん。後ろで寝ている男は、ボロボロになってオマエを(まも)ったんだ。いいか。全部手に入れるなんてできない。何かを得るためには、何かを棄てなけりゃならない。選ぶんだ。好きな男か、好いてくれる男か」  両の目に水玉が浮き、見る間に膨れ上がった。まだ子供っぽい曲面を伝い下りる。  何も言わずに背を向け、ベンケイのベッドに駆け寄った。膝をついて大きな躰に顔を埋める。肩を震わせて、えっ、えっ、と泣きだした。 「ごめんよ、ベンケイ……ごめんよぉ……」  気がつくと、大男は目を開けてシュウを見ていた。情けないような表情で微笑んでいる。  アイツ、聞いてやがった。  シュウは口の端を上げて応え、部屋を出た。
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