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その頃は目に見えるものすべてが大きく生き生きとして、きらめいて見えた。歩めば知らない世界が広がっているような、期待と希望に満ち溢れていたその世界。
別に今の生活に不満があるわけでもなかったが、やはりあの頃の純粋さというか世界をありのままに見通す力は、失われてしまったなと思ってしまう。
だから、きっと今から行く先でも意味は無いのだろうと、思ってしまう。それでも、やはり希望は捨てられず。
いつか、分かり合えるその時が来れば。
青年はどうしても、そう思ってしまうのだった。
そんなことを考えながら白木造りの鳥居をくぐり、たどり着いたのはひとつの古ぼけた祠。雑草の生い茂るそれの近くへリュックをおろし、中からとりだしたのは軍手とタオル。タオルを首にかけて軍手をはめ、まずは周囲の雑草を抜き始めた。
ただ黙々とやること一時間。季節は初夏。はじめはじわりじわりと額に浮いた汗も、このころになるとすでにふき取るタオルをぐっしょり湿らせるほどになっていた。
あらかた雑草を抜き終えて地面の整備を終えたところで、祠を磨き、傾いた祭壇を直し、人目に見られるように直す。彼自身がそこまで詳しくないため、あくまで素人芸ではあるが。
そうして整えた祭壇の前へ、青年はリュックの中から弁当箱に詰めたいなり寿司を取り出し供えた。その正面の地面に座り、自分の分のそれを取り出した。
「君は今でもそこにいるのかい?」
青年はそう口火を切る。そう語りかける先には物言わぬ祠。
「彼女も、随分君を気にかけているのに。どうしても、会うことは出来ないのかな?」
そう語りかける青年は、どこか痛々しげな、そして懐かしげな瞳を向けていた。語る者は青年のみ。そよぐ風が木々を揺らし、木漏れ日が揺らぐ。
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