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「嫌い、だった?」
「うぅん! そうじゃないの。だけど、ダメなの。郁也が食べて。私達はそれでじゅーぶん」
そう口の前に人差し指を立てて、陽菜は困ったように笑った。郁也は首を傾げたが、それでも彼女らは語ることはなかった。
ふたりが食べ物を拒んだのはこの弁当が初めてではなかった。まともな食事に関わらず、軽いお菓子などであっても彼女らは食べることはなかった。
そうして月日は流れていった。特に変わることもなく、けれど確実に互いの距離を詰めながら。
その日は昨晩から雨が降っていた。やまないそれを見つめながら、陽菜は吐息を漏らす。それはどこか焦がれるようで、彼女を見る宵は少し視線を逸らした。
雨が降っている間は、郁也は来ない。自分達も、外へ出ることが出来ないことはよく分かっていた。
心が離れていくその感覚を、陽菜は気づくこともなく、宵は確かに胸に刻み、互いに今を生きていた。
いつものように祠へ向かえば、そこには陽菜だけがいた。どこか落ち着かないように、彼女はその両手を組んで座っていた。
郁也が声をかけるよりも前に、彼女がこちらに気づく。にこりと笑う彼女のそれはいつも通りではあったけれど、何となくどこか焦っているようにも見えた。
「珍しいね。宵は一緒じゃないの?」
「宵は、向こうで待ってるの。こっち」
彼女は郁也の手を引き、祠の裏から山の奥へと進んでいく。どこに行くのかと尋ねても、彼女から明確な答えは返ってこない。
注連縄の巻かれた二本の大木の間を通り抜け、道なき道をただひたすらに手を引かれて登る。
周囲の鳥の声や風に梢がさざめく音はいつの間にか聞こえなくなっていた。一歩歩みを進めるごとに、大気が震えるような気がした。
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