御山のかみさま

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 この山には神が棲むという。それはこの町に住む子どもたちは皆言われていることのようで、少年もこの町に越してくるよりも前から、祖父母のところへ遊びに来たときには幾度か言われていることであった。勝手に入って怒らせては大変だから、と。  けれど、かつて郁也は少しくらいなら大丈夫だろうという子ども特有の無邪気さと無警戒さで、山へ入ったのだった。 「神様に、なるの?」 「うん。狐神さまも私たちも、今その準備をしてる。そのために、私たちには出来ないことがたくさんあるの」  その一つが、彼らが頑なに拒んだ「食事」であった。 「郁也は『ヨモツヘグリ』って言葉、聞いたことある?」  そう陽菜は問うた。郁也は首を横に振る。陽菜と宵はそうだよね、と笑んだ。元々は君たちの言葉なのだけどね、と、告げるのは宵だった。  ヨモツヘグリ。それは古く古事記に記述のある「黄泉の国の食べ物」の意。異界の物をひとたびその身に取り込めば、決して元の世界へは戻れない。その戒めを込めて、人々は「ヨモツヘグリ」という言葉を使う。 「私たちも同じ。この世のものを内に入れれば、御山の狐神さまのところには戻れなくなってしまう。だから、食べ物はダメなの」  美味しそうなんだけどねぇ、と陽菜はどこか寂しげに笑んだ。現在神でもなく人でもない彼らには、食事という概念そのものが希薄らしい。  陽菜と宵は、この御山に今起きていることを少しだけ説明してくれた。  御山の神は弱まるその身の力を感じ、このままにしてはおけないと思ったのだという。
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