魔女と聖女

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 深夜のクロス村。薄暗い一室に、三人の男が集まっていた。古ぼけた木のテーブルに置かれた蝋燭が短くなっても話し合いを続けている。 「やはりジーラしかいないのか」  と言ったのは、一番年長の村長だった。「だが彼女をこの村から追放したのはこのわしだ。いまさらどの面下げて会えばいいというのかね」  蝋燭の火がすきま風になびき、村長の影が揺らぐ。 「それについては……」  村の助役が待ってましたとばかりに口を開いた。「別の者を迎えに出しましょう。ジーラが懇意にしている者なら無下に断ることはありますまい」 「悪くない」  一番若い、村の警備長も小さく頷いた。「ではギルが適任だな。なあ村長」  助役は村長の顔に注目した。  中肉中背で少し腹の出っぱった男が村長である。脂で光った額が、精力的な印象を与えている。 「たしかに。彼をうまく説得して事を進めるのが一番手っ取り早いでしょうな。村長は気が重いかもしれませんが」  小柄で痩せた助役が顔色をうかがうように言った。 「ふん、ギルはわしの一人息子。腹を割って話せばきっとわかってくれるはずだ。それに今は流行り病から村を守るのが最優先。私情を挟む余地などない」 「さすがです。ところで、ジーラが特効薬を作れるという情報は信用できるのでしょうか。王都のアカデミーを卒業した魔女というのもいささかできすぎのような気がしますが」 「わしが領主様に確認した。ジーラが魔女というのは間違いない」 「……さっきも言ったが、特効薬については俺の妻からの情報だ。それにここだけの話、イザベラは聖女なんでね。俺たちが知らないことを知っていても不思議ではあるまい。それとも俺の進言は元騎士団員の戯れ言とでも言うのか」  警備長は身を乗り出し、目を釣り上げた。彼は前任の警備長が高齢で引退するころに、若い女を連れてふらりと村に現れた男である。騎士剣を携えていたことから騎士団を任期満了した手練として村人に迎えられた。三十過ぎの長身の男で、眼光が鋭い。 「いえいえ、ただの確認です。物事をうまく進めるには慎重を期さなければならないと思うのですよ。特に今回は村人の命がかかっていますので」  助役は両手を広げて警備長を制止した。聖女という言葉に微塵も興味を示さない。 「うむ。助役のいうことはもっともだが、ここはイザベラを信用しようではないか。ここで踏みとどまる暇など我々にはないぞ」 「わかりました。しかし村の三役というのも大変ですな。特に村長ともなればその心労も大きいことでしょう。ということで、そろそろ私にその役を譲って隠居なされては?」 「バカいっちゃいかん。この難局を乗り越えた暁には、次の村長候補にギルを推薦するつもりだ。まだまだ先のことかもしれんが、あいつに経験を積ませればきっといい村長になってくれるだろう……そうだな、助役にはジーラが住んでいた小屋の手入れをやってもらおうか。だいぶ傷んでいるだろうからな。特効薬を作らせるのに支障があってはならん」 「えー私ひとりで、ですか?」 「俺も手伝おう。村人が使えないのならそれしかあるまい」  警備長は、ふんっと鼻から息を吐いた。 「それは助かります。では皆さん、明日からそれぞれの仕事に取りかかるということでいいですね。さあ警備長、一緒に帰りましょうか」 「待て待て。せっかく三役が集まったのだ。流行り病の原因究明についてもとことん話し合おうではないか。と、そうだな、ちょっと待ってなさい。ビールでも飲みながらじっくりと……」  村長は立ち上がり、扉を開けて空き部屋へと向かった。  しばらくして自分の腹より大きめのビール樽を、息を切らしながら抱えて戻ってきたとき、部屋にはふたりの影も形もなかった。
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