第一話  架空のi(アイ)

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 一時間のコマ数が終わり表に出る頃には、未だ夕暮れの名残が西の空に広がっていた。日が長くなったな、と思う。子供の頃はそんなこと気にもとめなかったのに、移ろっていく季節にハッとすることが多くなった。視野が広くなったというか、老成してきているというか。僕は冷めた感情を心に持て余したまま、なんで生きるかも分からずに、日々を持て余している。単純に、運動不足も気鬱の原因かもしれない。大学には、防具をそろえなければいけない剣道部は見あたらなかった。その代わり、古武術関連のサークルは活動しているようで、僕は竹刀を振りたくなると、キャンパス内にある道場――明道館(めいどうかん)に足を運んだ。そこでは、(剣道こそないものの)少林寺拳法や合気道が日々行われていて、僕はときどき顔をだした。家庭教師のバイトがあるから正式に参加できないものの、体を動かしたいと切実に思うことはある。特に合気道が基本的に徒手で行うと知ってからは、その手軽さに惹かれていた。 「お、直哉。久しぶり」  コンクリートの階段を昇った先が明道館で、一面に畳が敷かれている。 その入り口でバッタリと、同じ経済学部の小野(おの)雅人(まさと)に出くわした。もう稽古は終わったのか、道場のなかは閑散としている。 「お前、そろそろ講義でないと、ホントにダブることになるぞ」  例えばこういう気遣いを、お節介だとは思わない。本当に案じてくれるなら、彼は「いいやつ」なのだろう。
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