第一話  架空のi(アイ)

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 僕は――文字を使った、ありとあらゆるコミュニケーションが苦手だった。スマートフォンのメッセージアプリのやり取りも続かない。そもそも読むのが疲れるのだ。カスミと付き合っていたときも、メッセージを返すことができなかった。だから「冷たい」と誤解される。  特に閉口したのが、小学校から高校にかけての国語の授業。音読で指名されても、僕は「書かれている言葉」を口にすることができなかった。読むこと自体はできるのだが、非常に時間がかかるのだ。漢字の書きとりも苦手だった。「書く」ことも「読む」ことも、苦痛以外の何物でもない。英語のスペルを正確に書くのも苦手だったけど、日本語よりはマシだった。ヒアリングはできたから、文法の表記は不得手でも「英語の会話」は問題なく、英文を理解することもできる。ただ、日本語に限って言えば、日本に生まれたことが間違いに思えてしまうほど、「読み書き」に関してできなかった。その能力が、他者と比べてごっそり抜け落ちてしまっているのだ。  幸い数学ができたのと、剣道でインターハイに出場したことで、(小論文の出来は悪かったものの)面接を重視した推薦入試で大学に入ることはできた。このときほど、剣道をやっていてよかったと思ったことはない。体を動かすことは昔から嫌いじゃなかったし、運動神経もいい方だった。それでも、「クラスの同級生が普通にやってることが、どうしてもできない」という事実は、拭えない劣等感になって、いつも僕を苦しめた。 僕は、『国語(特に筆記)が苦手な一般の男子生徒』に見えただろう。推薦入試が決まっていたから思いきり剣道に打ち込めたのと、数学が学年首位だったことから、誰にも――両親にすらも、僕がそんな悩みを抱えていることは悟られなかった。でも、「本当の僕」は、越えられない読み書きの壁や、自己卑下や、無力感のかげで苦しく息をしていた。 ディスレクシア、という言葉を知ったのはつい最近だ。それはインターネットで調べて目についた言葉で、その症状を知れば知るほど、自分のことと合致したのだ。長い文章を読むのが困難だとか、字の形を混同する、とか(実際僕は、鉛筆で文章を書くのが苦手だった) ディスレクシアとは、ギリシャ語の「できない」(dys)という言葉と、「読む」(lexia)が複合した単語であり、日本では標準化された診断基準も検査も整備されていない。でも、そうだとしたら漠然と、「だから、できないのか」と腑に落ちた。僕は、ディスレクシア(と思われる)読み書きが苦手な学生なのだと。今さら、それを誰かに伝える気にはならなかった。講義を受ける際、板書の有無は自由だから、自分のやりやすい方法を探していけばいいのだろう。僕は入学してからずっと、人との交流を避けていた。気づかれまいとふるまうのに慣れてしまっているせいか、自分の弱みをさらけだすことに抵抗を感じていた。そうしていたら、いずれ社会と適合できなくなるだろう。その予感を察しつつ、何の覚悟もできないまま、ただ楽な方に押し流される日々だった。
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