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2.燕は魔術を呟く
~宿屋~
「ツバクロさん、この人が…」
「…酷い怪我だ。このまま放って置けば長くは持たなそうだねぇ。」
「ツバクロさん、治してくれますか…?そのヒールで。」
「それは、うん。いいんだけどねぇ…いや、あの、これをこのタイミングで言うのはさすがの僕も間違っているって分かるんだけどねぇ…ヒールってのはどうやって使うんだい?」
男は、無知であった。男の職業は魔術師。しかし、男は自称吟遊詩人である。
「え…」
「ポーションならあるんだけど…どうかなぁ。」
「そんなの物で…治りません…」
「あはは、人はピンチになると笑いたくなるのは防衛本能らしいけど、これは何を防衛したいんだろうねぇ、自我なのか、自尊心なのか。あぁ、おじぃ、こんなことなら、詩じゃなくて魔術でも教えてくれればよかったのに。」
男は過去を恨む、過去を思い出す。最も素敵で、最も綺麗な過去を今。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「おじぃ!!ねぇおじぃ!!」
「なんじゃて、クロ」
「今日も詩を教えてよ!」
ツバクロにとって祖父であるイイドヨ・シャロは、かつて詩人として世界中を旅した男であった。ツバクロは、そんな彼の詠む詩が好きだった。時に力が出るような、時に癒されるような、そんな詩が好きだった。
「のぅ、クロよ。この世で1番に綺麗なものとはなんじゃと心得る。」
「えー?きれいなお姉さんとかかなぁ。」
「…すまなんだ。いいか、クロ。曰くそれは人の心じゃと、昔の偉い人は言いよった。 」
「そんなの嘘!!ならなんで、」
突然、叫ぶ。そして止まる。この先を言っては祖父に申し訳が立たない。ここまで育ててくれのは紛れもなく、祖父であった。そして、産み落としたのは、当たり前のように母であったと思うのだが、顔も声も、その愛も知らない。
「分かれ、とは言うまいよ。どれ、今日は癒しの詩にしようかの。」
『┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈』
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ポツリ、ポツリと。涙と言葉が零れ始める
『陽を見遣れ、雨を見遣れ。草花に命を与える光、砂土に愛を与える水。慈しみたまえ、守りたまえ。』
ツバクロが涙とともに発したその言葉に呼応するように、優しい光が傷ついたその人へと集まっていく。
「…ヒール、なのですか?ツバクロさん、今のは…」
ハッとする。彼女の彼に対する印象は剽軽者であった。そんな、旅する剽軽者の涙があまりにも綺麗で、悲しそうで。
嫌に長く感じる沈黙を解いたのはツバクロだった。
「癒しの詩。」
「え?」
「これは、癒しの詩なんだよ。おじぃからそう教えて貰ったんだぁ。」
最初の調子を取り戻しつつある彼を見て安堵する。ただ、まだ疑問は尽きない。彼が使ったそれは、紛れもなく魔法であった。
「あの、ツバクロさん。今あなたが使ったのは紛れもなく回復魔法でした。私自身、魔法は使えませんが、そこに寝ている彼女が回復術師なので、沢山見ているんです。だから、失礼を承知で言います。」
あなたのそれは魔法なのに、見たことがない
「あらぁ、そうなんですねぇ。」
剽軽な彼はこの重大さに気付いていない。当たり前である。彼にとって大事なのは回復魔法や魔術ではなく、詩なのである。故に彼は吟遊詩人なのである。
「んぁ」
間抜けな声が宿屋の一室に響く。
「サーシャ!よかった…」
「ほほう、サーシャさん、サーシャさんってなんか言いにくい名前ですねぇ、ふふ。」
「…ミザリア、何だか傷明け早々とムカついたのだけれど、おそらくこの人が救ってくれたんでしょう?」
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