ひだまりの記憶

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ひだまりの記憶

   ――誰かが、彼女の髪に指を通す。そっと、今にも壊れそうなものを愛でるように優しく。東屋の木のベンチは固く、座り心地はいまいちだったがそれでも比べられないほどのおつりが来そうなほど、彼女は満ち足りていた。風が吹いて、辺り一面に咲くアネモネの花たちが揺れる。隣に座る誰かは彼女の髪を愛でながら、「これをカフネって言うんだ」とこれはまた優しくささやく。この世の美しい音を全て盛り込んだような安心する声音だった。まさしくここは彼女が人生を歩む上で立ち寄ることのできる数少ない陽だまりの場所だ。  彼女はその誰かのほうに顔を向けようとする。囁かれた愛に答えるためなのか、それとも救いを求めてなのかはわからない。でも、その誰かの顔を見る前に、彼女を嘲笑うように、黒い水が流れ込んできて、彼女の意識をもみくちゃにし、奪い去ってしまった。
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