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いきなり腕を引かれた成瀬は加納の胸に飛び込んだ。筋肉質の体で力づくで抱きしめられると、蜘蛛の巣に罹った羽虫のように身動きが取れなくなる。
ひとしきり抱かれた後、今度は唇を食まれた。掌で頬を押さえ込まれてのキスは苦しいだけで、舌を絡められると気分が悪くなってきた。
――― あの人は違った。激しさの中にも優しさがあって、相手を慈しむ気持ちが籠っていて、愛されているという実感が泉のように湧き出てきて
別れた恋人と比較して情けなくなるやら悲しくなるやらで、加納の唾液が口内に拡がることに鳥肌が立つほどの嫌悪感を覚えた成瀬は、もぎ取るように唇を離した。
「嫌だった?」
とぼけたように首を傾げられて心底恨めしくなったが、相手はいやらしげな笑みを向けると
「エロい目で見やがって。これじゃあ松岡先生もイチコロだな」
「違っ……」
加納は「わかった、わかった」と言葉を遮るや否や、押し倒してきた。
この男に抱かれて快楽を得たい、松岡を忘れたいという一心で部屋に招き入れたのに、やはり無理だと悟った成瀬は身を捩らせ、両腕でつっぱね、足をバタつかせた。しかし、この体格差ではどうすることも出来ず、力尽きて観念した。
嫌々ということもあって、加納から愛撫を受けても成瀬の欲情は導き出されるどころが萎えに萎えた。そんな成瀬の雄に向かって加納は苛立ちの声を上げる。
「飲んだら勃たないタチなの?」
腕で瞼を覆った成瀬は微かに首を横に振るのみで、仕方がないと諦めた加納は膝立ちになってベルトのバックルを外し始めた。
「入れるよ?」
「……」
「ローションとか無いの?」
松岡と別れてから用済みになったそれがどこにあるのか分からない成瀬は黙り込む。
「松岡先生の時はどうしてるの?」
「……」
「なんでしゃべらないの?」
「……」
「浮気して後悔した?」
「……」
「まあいい、これを使うから」
そう言って加納が手にしたのは、炬燵の上にあったハンドクリーム。それを指にたっぷりのせて開いた両脚の狭間に持っていき、最初は入り口を、馴染んでくるとさらに奥へと進めた。
ぐいぐいと出し入れされる指は愛撫というより作業。そう、挿入が滞りなく行われる為の下準備以外の何ものでもなくて、心と体を最高潮に引き上げる目的をも含んでいた松岡の行為との違いに成瀬は愕然とした。
――― いや、それだけじゃない
松岡を初めて誘った時、覚悟が定まらず緊張した自分に無理強いをしなかった。そればかりか、自分より先に起きて手料理を振舞ってくれた。そう、彼は関係を性急に進めようとはせず、こちらの気持ちが軟化するのを辛抱強く待ってくれたのだ。
ああ、俺は何をしている。彼の代わりなんていないのに――― そう後悔悔したところで後の祭り。すっかり火がついてしまった男を押し止めることが出来ない成瀬は、とうとう刺し貫かれてしまった。
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