1989年 秋

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 男は成瀬の隣に座ると肩を抱いた。そして、身を硬くする成瀬を尻目に優しい口調で話しかけてきた。 「どうやってここを知ったの?」 「本屋でゲイ雑誌を買って」 「買う時、緊張しなかった?」 「他の客に気づかれないよう、他の雑誌と一緒にレジへ持って行きました」 「僕くらいの歳になったら開き直って単品で買っちゃうけどね。それにしても、君ってウブだよね。こんなに硬くなっちゃって」 「度胸がなくて」 「無理してこんなところへ来なくていいのに。ヤリたい気持ちが先に立っちゃった?」  男の優しさにすっかりほだされた成瀬は、思わず気持ちを吐露し始めた(多少フェイクが混ざっているが)。 「俺、好きな人がいるんです。年上で経験豊富で、とてもじゃないけど太刀打ちできない相手。でも、ぜったい振り向いてもらいたいから、ここで……」 「彼を楽しませる方法を身につけようと」 「何にも知らない人間を相手にしたって面白くないでしょう?」 「そうかな? 僕はウブな子が好きだけど。処女を捧げられたら感激しちゃう」 「そんなもんですか?」 「セックスに快楽だけを求める奴は『【おぼこ】は嫌だ』なんてぬかすかもしれないけど。で、君を夢中にさせた彼ってどんな人?」  成瀬は興信所の男が撮った姉の元婚約者の写真を思い浮かべた。  中肉中背のどこにでもいる三十代の男性だが、知的で実直な印象だった。しかしその内面は、自分を愛した女を平気で捨てる残忍な一面を持っている。 「…… 誠実で真面目な人です」 「なら、こんなところで知らない男に抱かれるより、彼の胸に飛び込んだほうがいい。一途に想いを伝えたら受け入れてくれると思うよ」 「そうでしょうか?」 「君ってルックスがいいし性格も可愛いから迫られたら断れないよ」 「そう言ってもらえて、なんだか自信がつきました」 「なら良かった」そう言った男は、モジモジし始めた。そして、はにかんだ表情を見せると、 「そうは言ったけど、その前に僕の相手をしてよ。君みたいな美人と手合わせできる機会なんてそうそう無いから。相談料として僕のを扱いて」  一瞬、成瀬は固まった。他人の勃起したモノを見るのに抵抗があった。ましてや自慰の手伝いなんて……。しかし、ここへ来る前はそれ以上のことを覚悟していた。それに比べたら大したことじゃない――― そう腹を括ると、恐る恐る男の中心部に手を持っていき、ガウンの上から触れた。 「あぁぁ……」  最初、遠慮がちに触っていた成瀬も相手が恍惚となるのに気を良くし、ガウンの合わせ目に手を滑り込ませて直に触れてみた。途端、男は激しく善がり始め、成瀬の肩を掴んだ手に力が籠った。  男のモノは細く さほど硬くもなかったが、成瀬の手技で興奮がマックスに達すると「イクっ、イクっ」と言いながら果てた。  自分の拙い愛撫でいかせたことに多少の自信がついた成瀬は、男に抱きつかれて押し倒されても なすがままになった。舌先で首筋を這われ、指先で乳首を弾かれ、愛撫の手が下に降りても抵抗しない。むしろ、快感を覚えて気づけば自分の雄も反応していた。  成瀬にされたように、男もそれを握ってゆっくり扱き始めた。しかし、その手技は比べものならず、成瀬は絶頂に向かって駆け昇っていく。  ふと生温かさを感じて下を見れば、男が吸い付いていた。 ――― こんないやらしいことをされるなんて……  いよいよ切羽詰まった成瀬は、男の頭をどかそうとした。 「出るから離して」  しかし、男は止めなかった。それどころか吸い上げる力を増し、扱く速度を速め、促すような仕草を見せた。  とうとう我慢しきれなくなった成瀬は、男の中に放った。何度も何度も吐き出して最後の一滴まで出し尽くすと、男は指と口で尿道に残ったものまで絞り取った。  成瀬は全速力で走った様にぐったりし、抱きしめてきた男にしがみついた。男は口づけを要求し、成瀬は自ら唇を差し出した。途端、苦みが口腔内に走ってショックを受けた。自分の精液を飲むなんて生まれて初めだったから。 「初めてのくせにエロ過ぎだよ」 「……」 「滅茶苦茶そそられるって」 「……」 「これなら大丈夫。彼もきっと夢中になる」 ――― 果たしてそうだろうか、そうであって欲しいけど……  そして、成瀬は急な眠気に襲われ、そのまま意識を手放したのだった。
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