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「しかし、いつまでも思い悩んでいてもしかたのないこと。
僕は君から離れることにした。それを伝えに来たのだ」
「僕さえいなければ直通はもう、自分を傷付けずに済むのか?」
「わからない。それは誰にも分からないよ」
「行ってはいけない! 考えよう、考えるのだ」
肩に置かれた手を振り解いて、直通は頭を振った。
「病ならば、医者にかかろう。
憑き物ならば、寺社に相談するも良い。
しかし、人が切り刻みたくてしかたないなど、誰に言える?」
「まさか、死ぬつもりではあるまいな」
「ないとは言い切れぬ。しかし、止めてはいけない。
人を殺すよりは自分を殺した方がまだ、傷付く者が少なくて済むというものだ。
家族も傷付かぬ。君も傷付かぬ」
「行ってはいけない」
「やめてくれ! 僕を人殺しにしたいのか!」
伸ばし掛けた手を、洋史は止めた。
もはや互いの表情さえ窺えぬ。
直通が立ち去るまで、洋史は呆然と立ち尽くしていた。
二十歳の冬のことであった。
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