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心が揺れたものの、洋史は感情を知られまいと平静を装った。有紀は全くと言っていいほど変化がない。
「有紀の父親は小柴行彦唯一人です」
「あれは伯父じゃないか。お前の父親は……」
「いい加減になさい」
角から見覚えのある影が、姿を現した。逆光で表情ははっきり分からぬが、田所だと直ぐに理解できた。
「藤次さん、いつまでも身内に迷惑かけるもんじゃない」
「お前なんぞに関係あるまい!」
「関係なくはあるまい。この界隈の人間は家族も同然だ」
田所の言葉に、藤次は鼻で笑った。
「下らん。
儂は有紀の将来を考えて来てやってんだ。そんなうだつの上がりそうにない男と一緒になった処で、幸せになんざなれまいて」
「きみちゃんは幸せになったのかね?」
有紀の実の母親の名に、心がざわつく。
「ありゃ、きみの奴がバカだったんだ。子を認知させりゃ良かったのに」
「とっととどっかに行きな!」
黙っていた有紀が、我慢できぬとばかりにいつにも増して乱暴な言葉で怒鳴りつけた。
「なんだその言い方は! 女のくせに……」
洋史は一歩踏み出すと、藤次を見下ろした。
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