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あれから何事も無く一ヶ月が過ぎた。養母に会いに行ってから千生のイタズラはピタリと止んだ。きっと、千生なりの好意の現れだったんだ。俺らが飲み会で名前を出したから、それが嬉しくて、遊んでほしくてイタズラをしたんだろう。少し度が過ぎていた気もするが、昔から可愛い顔してヤンチャばっかしてたし、そう思えば千生らしい。
そんなことを考えながら朝起きて歩くリビング。裸足に伝わるフローリングの冷たさが火照った身体には丁度いい。外から聞こえる鳥の鳴き声がやけに穏やかで。いい朝だった。
出社の為の準備、洗顔しながらふと考える。でも待てよ、あれが好意から来るイタズラなんだとしたら、なんで一番好かれていた俺にはイタズラをしてこなかったんだ?一番好かれていたなんてのが本当は間違いで、イタズラなんてするほどの人間じゃなかったってことか。それならいいけど、でもそれはそれで寂しいな。
首元を掠める生暖かい風。
もしかして。
そう思い顔についた洗顔フォームを洗い流して顔を上げれば。
「ゆーた」
見上げた先、鏡の中、俺の肩。
しがみつくように千生が笑う。
その手にはくしゃくしゃになった四つ葉のクローバーがひとつ。
「ゆーたも寂しかったよね?」
青白い顔からは想像できない体温を持ったその手が怖かった。小さなこどもの手がギシギシと俺の首を絞めて離さない。クローバーが幸運で花を咲かせるのも、呪いで葉を枯らすのもきっと俺の返事次第なのだろう。恐怖とは裏腹に勝手に口が動いて言葉になる。
「迎えに来てくれたのか?」
「そうだよ」
あの頃と変わらない明るい笑顔で千生は言う。
生暖かい風にクローバーが揺れて目が離せなくなる。それに込められた想いを裏切ることは許されない。
「……ああそうだな。今日から俺はずっと一緒にいるよ」
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