柔らかい手

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柔らかい手

都会の喧騒が息を潜めて風に揺られる植物の音がよく聞こえる夜、僕たちの頬を凍らせるような冷たい風が吹いている。そんな公園の東屋で僕は、大好きな女の子とベンチに座り、数多に浮かび空を埋め尽くす星たちを眺めていた。 僕は星を見つけてはしゃぐ彼女の横顔から目が離せずにいた。彼女に見惚れていたのだ。 「あれってオリオン座じゃない?」 星を眺めながら彼女はそう言って空の右上のほうを指さす。彼女が指さした方角にはたくましい狩人のさまを描いたような見事なオリオン座が浮かんでいた。オリオン座だねと返した僕は自慢の星についての知識を少し披露してあげることにした。オリオン座の左上の赤っぽくて一番明るい星がベテルギウスだよと僕が言うと、彼女は聞いたことある名前の星だとはしゃいで見せる。そんな彼女は無邪気でとても愛おしく思えた。可愛らしい彼女の表情をもっと見たいと思った僕は冬の大三角について説明をすることにした。ベテルギウスから左に大きく行って少し下がったところに見える明るい星、あれは小犬座のプロキオンだ、そいてその二つの真ん中の下のほうにある明るい星がおおいぬ座のシリウス、その三つを繋ぎ合わせると冬の大三角になる。そう説明すると彼女は驚いたような表情をしてこっちを向きこう言った。 「君は星に詳しいんだね、学校の先生になれちゃうよ」 そんな大層な知識ではないのだが好きな子に褒められるというのはうれしいもので自分の頬が気持ち悪いほどにゆるむのが分かった。そこから僕たちは冬の大三角を眺めながらしばらくの沈黙を楽しんだ。伝えたいことがあるんだと沈黙を破ったのは僕だった。 「君のことが好きなんだ。僕と付き合ってくれないか?」 そんな僕の言葉に少し目を見開いた彼女だったがすぐに柔らかな笑顔になってこう言った。 「私でよければ、お願いします。」 僕は胸をなでおろした。今までどれだけ言おうと思い言えなかったか。しかしその言葉を彼女も待っていたのかと考えると胸が熱くなった。 僕は彼女の手に自分の手を重ね合わせる。その小さく柔らかい手は冷え切っていて冷たかったが、重ねた僕の手には冷たさと同時にぬくもりも伝わってきた。そんな彼女の手をもう離さないと僕はその時に誓ったのだった。
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