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「逃げたわね」
リョーコは低くそう呟き、忌々しそうに舌打ちした。
カイトは少し伸びすぎた髪をワシワシと掻いた。
「こっちの情報の方が正解だったわけか」
二人が入った村には、ほとんど人の気配がしなかった。道も家もボロボロで、寂れている。
だが、よく見ると、人はいる。痩せこけた人間が、身を寄せ合っている。その塊は、物のように動かない。まるで気配を消しているかのようだった。
酷い内戦があったこの国の村は、兵士たちの蹂躙の後、生き残ったとしても、その後生きていくのが困難になる。
働き手となる若い者は殺され、金や食料は奪われつくしている。
死に体の村に、追い打ちをかけるようにやってくるのが、人狩りだ。無法地帯となったその場所で、人狩りたちはまるで当たり前のように、商品になりそうな人間を攫って行く。女や子どもだ。
それが組織的に行われているとの情報を得て、組織を叩くための先鋒として、二人が派遣された。
情報の真偽が定かではないと、数日間足止めされていたのだ。やっとゴーサインが出て、行ってみれば、これだ。
「くそっ。あの能無しどもめ」
リョーコは自分が属する組織の情報部に毒づいた。
「そう言うな。あいつらだって俺たちの身の安全のために、慎重に情報を精査してくれてるんだ」
カイトはそう宥めるが、リョーコが歯噛みする気持ちも分かる。
あの数日がなかったら、間に合っていたかもしれないのだ。その間に、何人の命が奪われ、何人の人生が狂わされたことか。
この仕事をしている限り、こういったことを考えるのは、ナンセンスだと分かっている。ああすれば良かった、こうすれば良かったと口に出せるような、平和な世界ではない。
分かっているから、悪態をついて気を紛らわせるのだ。
何もかも古びて崩れたような風景の中で、地面についたタイヤの跡だけが、新しかった。
村には子どもの姿がない。若い女もだ。
銃弾を浴びた新しい死体と、生気を失った影のような人間がいるだけだった。
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