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その1
二〇二一年七月十六日(金) 十七時前後。
日が傾き始め、いつも通り帰宅しようとしている最中、新井薬師前駅と沼袋駅の間の道路、中野通りにて。
とあるマンションの目の前の横断歩道を自分は渡ろうとしていた。
信号が青になる。
青になったから渡る。これだけなら別段特に変わりはない。が、問題は――
――自分が歩道の外側、車道側を歩いて、カーブする形で向こう側に渡ってしまったことだった。
「おい!てめぇ、舐めてんのか!?ああ!?」
渡るや否や、いきなり怒声が飛び込んできた。声のする方を見ると、そこにはローポニーテールに帽子をかぶった婦警さんと――
――変な男がいた。
男の身長は百六十センチ前後。ごわごわの金髪をざんばらにし、サングラスをかけた出っ歯顔の男だった。紺色のTシャツを着用し、クリーム色の短パン、足はゴムでできた靴タイプのサンダルを履いていた。で、このご時世なのに、マスクも着用していなかった(今、思い返せばここにいち早く気づいて突っ込めばよかったのだが)。
「はい?」
突然のことに、俺は鳩が豆鉄砲食らったかのような表情になっていたんだと思う。
すると、男は両手をポケットに入れたままガンを飛ばし、まくし立てた。
「てめぇ、なに車道側を歩いているんだよ!!ああ!?」
「え…?」
「まぁまぁ・・・」
突然の出来事にぼけっとしていると、そこに婦警さんが割り込んできた。
「あのですね、横断歩道を渡るときは歩道側を渡らなきゃならないんです。お分かりですよね?」
「え?まぁ…」
「おい!てめぇ!!」
「ですから今度から…」
「☓☓(大声で何か喚いている)!!」
うるっせぇな…
婦警さんの声を遮らんばかりの声でまくしたてる男に苛立ちを覚えた俺は何をトチ狂ったのか、思わず、
男に中指を立ててやった。
今、思い起こせば、なんでこんなことしたのか。とにかく、あーああ。やっちまった。という感じだが、もう遅い。これに余計、相手はヒートアップした。
「ああ!?んだてめぇごらぁ!?」
男が当たり前だが憤怒に顔をゆがめる。
それに対し、俺はどこか白けた表情になっていた。
「中指なんて立てやがってよぉ!!ぶっ殺されてぇか!!」
「…」
「おう、だんまりか?だんまりなのか!?ああ!?」
「…」
「黙ってねぇでなんか言えやごらぁ!!徹底的に理詰めしてやっからよぉ!!」
「まぁまぁ。……ちょっと、来てください」
ここで、婦警さんが割り込み、俺と男を引き剥がした。
「…」
「お兄さん、中指なんて立てちゃダメですよ」
「…いやぁ、あまりにうるさかったんでつい。ってか、あんな喧嘩腰だったら誰だってイライラするでしょう」
「とにかく、謝ってください。ね?」
婦警さんはそう言うと、男をここに連れてきた。
「おう、てめぇ、どういう意味だ(中指立てながら)これは、(中指立てながら)これは!!どういう意味だって言ってるんだよ!!」
「(思い切り頭を下げて)中指立てて、申し訳ありませんでした!!」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…謝ってすむ問題かゴラァ!!」
「え?」
「謝ってすむ問題かって言ってんだよ!!ゴラァ!!中指なんて立てやがってよぉ!!おい、てめぇ、何処に住んでんだゴラァ!!」
「…え?」
「何処に住んでんだゴラァ!!」
「…歩いて五分の距離ですが…?」
「んなこと知るかゴラァ!!」
「こちら☓☓、こちら☓☓、応援よろしくお願いします」
「てめぇ、スーツ着てんだろ!?そんな奴が車道を歩くってのはどういうつもりだゴラァ!!」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください。お兄さん、こちらへ」
ここで、婦警さんが割り込み、再度、俺と男を引き剥がした。
「…すみません、なんか」
「いえいえ」
そこに四十代ぐらいだろう、別の男性警察官がやってきた。
婦警さんはやってきた警察官に少し話をすると、警察官は男の方へ、婦警さんは俺の方に改めて向き直った。
「どうすればいいんですかね?」
「もう一度、もう一度謝ってください、お兄さん」
「でも、あの剣幕なら謝っても刺されるんじゃないですか?」
「刺してくるんですか?」
「いえ…わからないですけども」
「とにかく、お兄さん、話が分かる方ですから、信じてますから、だから、もう一度謝ってください。ね?」
婦警さんが向こう側の、男と警察官のいる方へと早歩きで向かっていった。その後ろで、男は何故か、ストレッチをしていた。
再度、警察官二人が立会いの下、俺と男が顔を合わせる。
「おう、てめぇどういう意味だ(中指を立てながら)これは、(中指なんて立てながら)これは!!どういう意味だっていってんだよ!!」
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