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彼のアパートを出て
わたしはナ――柳くんのアパートを出た。
アパートの塀を出たとき、建物を振り返ってみた。外壁の古いコンクリートはひび割れている。そういえば、引っ越し手伝ったな。あんまりモノがなくて驚いたっけ。
でも、もうこのアパートに来ることもない。大学からも自分の家からも遠いし、彼とは別れたのだから。
さらさらと涼しい夜風が髪を撫でた。もう桜の季節なのにまだ夜は寒い。
「東雲さん?」
突然声を掛けられてわたしは振り向いた。
そこにいたのは背の高いすらっとした人だった。
「山上先輩!」
バイト先の先輩こと、山上崇先輩だった。
「どうして?」
「バイトの帰り。通り道なんだ。たまたま東雲さんが出てくるのが見えて」
さっと全身を見てみる。確かに先輩は見慣れた格好だった。
「そうだったんですね。知りませんでした」
「当然だよ。普通バイト仲間の住んでいるところなんて知らないさ。でも、まさかこんなところに東雲さんの家があるなんてびっくりだよ」
「いいえ、ここは家じゃなくて」
本当のことはちょっと言いづらい。
口ごもっていると、先輩が言った。
「あ、付き合ってる人の家?」
「……別れたてです」
「そうだったんだ、ごめん」
先輩は少し早口になって、頭を少し下げた。
「いいえ、円満なお別れだったのでいい思い出ばかりです」
「それでもデリカシーに欠けた発言だった」
「知らないんだから当然です」
わたしは慌ててフォローする。先輩に申し訳ないことをした。
「じゃあ」
山上先輩は一言、そう言った。
わたしはわけが分からず、小首を傾げる。
「再チャレンジしてもいいかな?」
わたしは突然の申し出に目を丸くした。
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