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新しい彼女
「あの人、恋愛不向きだよね」
桃上さんはそう言いながら洗面所から出てきた。洗面所のタオルを持ってきて手を拭っている。
「曙ちゃんのこと?」
「他に誰がいるの?」
桃上さんははあっと息を吐いてダイニングチェアに腰を落ち着けた。タオルをテーブルの上に置き、ショートパンツからすらりと伸びる細く長い脚を組んだ。
「恋人なのに縛りたくないなんて。恋愛なんて相手を自分色に染めてナンボなのに」
「じゃあ僕は桃上さん色に染まるの?」
「どうかな。それは三葉くんの次第だね。わたしが三葉くん色に染まるか、三葉くんがわたし色に染まるか。それは互いの実力をぶつけないと」
まるで陣取り合戦みたいだ、と僕が思った。
どんな合戦でも構わないが、互いが互いを拘束することに違いない。
ああ、耐えられる気がしない。
多分彼女と本当に付き合ったとしても続くのは長くてもせいぜい一年ぐらいだろう。特に喧嘩もしなくても、僕も桃上さんもやがて環境が変わる。多分そのときに別れる。興味がそがれたとかで。
そうだ、僕ははっとした。
もしそのときまで曙ちゃんを忘れていなかったら、復縁を申し出よう。彼女の恋愛観に納得できた僕なら環境が変わっても続けていける気がする。どこまで彼女の知らない部分があるかなんて分からないけれど、そう信じたい。
僕はふと桃上さんを見た。
彼女はテーブルに肘をついて手を組み、その上に顎を乗せて何やら考えている様子だった。みっちゃん、ばーくんなどと呟いている。
残念だけど、普通の人が思い付くようなあだ名なら呼ばれ慣れている。君色には染まりそうにないよ。
「風呂に入る」
僕は静かにため息をついて洗面所に向かった。リビングから早く上がってきてねー、という桃上さんの声がした。
横を見ると鏡の中に僕がいた。新しい彼女を得たとは思えない疲れたようなぐったりとした表情をしていた。
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