特別なあだ名

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特別なあだ名

 僕がノノと初めて会ったときのことはあまり明確に覚えていないが、初めて名前を呼び合ったときのことなら昨日の出来事かのように思い出せる。  大学に入学してすぐに入ったサークルで出会った僕たちは週二、三回の活動の中でよく顔を合わせるようになり、それから一ヶ月後ぐらい経ったころにサークルのグループチャットだけではなく、個人でも連絡先を交換しようということになったのだ。  僕たちはアドレスを教え合い、各々のスマートフォンに登録した。 「三葉(みつば)……やなぎ?」 「東雲(しののめ)……あけぼの?」  僕とノノ――このころはまだ東雲さんと呼んでいたが――はそう言って、同時に画面から顔を上げた。 「ごめんなさい。申し訳ないんだけど、名前の読み方が分からなくて」 「僕の方こそ。なかなか名前では見ない漢字で」  僕たちが互いに見ていたのは「柳」と「曙」である。 「これでリュウって読むんだ。難しいよね」 「わたしの方だって。これでアケミって読むの。辞書にも載っていない読み方なんだから」 「もしかして小学校から今まで先生に一発で正確に呼ばれたことない?」 「ない。もしかして三葉くんも?」 「うん。進級初日で名前を訂正するの、本当に嫌だった!」 「同じ! 前の先生から引き継いでおいてよって思ってた!」  まさかの共通項だった。これまでサークルのメンバーの一人としか思っていなかった彼女とこんな部分で分かり合えるなんて。  僕たちはこれを機にぐっと距離を縮め、当然のように付き合い始めた。  特別な取り決めをしたわけではないけれど、僕たちはやがて独特のあだ名で呼ぶようになった。僕のことは「やなぎ」から「ナギ」、ノノのことは「あけぼの」から「ノノ」と呼んだ。自然に付け合ったあだ名だったけど、互いに初めての呼ばれ方だった。  今思えば、僕たちの間に告白はなかったような気がする。二人で過ごす時間が徐々に増えていって、いつの間にか互いが互いを「彼氏」「彼女」と他人に紹介するようになっていたのだ。そう思うと、僕たちは付き合うべくして付き合い始めたのかもしれない。
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