それまでの僕たち

2/2

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 それは今から約一か月前のことであるが、大本をたどれば、大学三年生の春に入ったゼミで新しい出会いがあったのが原因である。 「研究、頑張ろうね」  研究の準備を始めたころ、ゼミ生の桃上雛(ももうえひな)がそう話しかけてきたのだ。  そのときは別に何とも思わなかった。人と壁を作らないフレンドリーな性格だったし、研究テーマも偶然近かったからいろいろ話したいのだろうと思っていた。  そして、確かにその通りでもあった。合同研究も一緒にやることになったし、個々の研究についてもよく相談し合った。  ところが、桃上さんは必要以上に僕に関わろうともしてきた。週に一度のゼミだけではなく、他の講義で一緒だったときも、校内で偶然会ったときも僕に話しかけてきた。それも、研究とは全く関係のないことばかり。 「ねえ、三葉(みつば)くん。帰りの駅どこ? 途中まで一緒に行こうよ」 「お酒飲める? もし下戸じゃなかったら飲もう」 「一緒に試験勉強しない? 先生の話は難しいけど、三葉くんの説明なら理解できるかも」  ここまでだったらただ仲の良い同期の会話である。ところが。 「三葉くんは何が好きなの? 趣味は?」 「休日は何してる?」 「どこに住んでるの?」 「地元は?」  明らかにパーソナルな部分を訊いてくるようになった。最初は単に僕の研究テーマについて広い視点から知りたいのかなとも思ったが、それは拡大解釈だった。  適当に返していればやがて飽きるだろうと、初めのうちは話を変えたり当たり障りのない答えを言ったりしてはぐらかしていたのだが、桃上さんはだいぶ粘り強かった。いくら振り払っても執拗に追いかけてきた。見方によってはストーカーになり得るほどだ。  しかし、そこで幸運だったのは僕たちの研究がだんだん忙しくなっていったことだった。研究発表の日が迫るにつれ、遊びのことなど頭からすっぽり抜け落ちて、やがて今まで通り研究の話しかしなくなった。もちろん、たまに飲みに誘われたり寄り道に付き合ってと言われたりすることはあったけれど、「忙しい」と断れば、向こうもこっちの状況をある程度は理解しているから執拗に誘ってくることはしなかった。    ところが、研究は永遠には続かない。僕の研究が終わったのは三年生の二月初旬ぐらいだった。  そして、桃上さんの研究が終わったのもちょうど同じ時期だった。 苦労した研究が終わった解放感に浸ったのも束の間、桃上さんからまた面倒なお誘いを受けた。 「遊園地のチケットが二枚余っているんだけど、もし良かったら」  ゼミの帰りに堂々教室の前でチケットを差し出してきたのだ。  ところが、僕は素直ではなかった。デジタルチケットが普及している現代で紙のチケットがぴったり二枚余っていることなんて有り得ない。絶対に僕をピンポイントで誘うために用意したのだ。こんな安直な手に乗るわけには。  また、僕は頭の回転が速かった。  いや、これはむしろチャンスかもしれないぞ、と思った。もしここでチケットを受け取って一日遊園地で遊んだら、桃上さんは満足して付きまとわなくなるかもしれない。 「じゃあ、ぜひ」  僕はチケットを受け取った。少し悪い気もしたが、ストーカーは御免だ。  こうして僕は初めて桃上さんの誘いに乗ったのだった。  正直に言うと、遊園地はとても楽しかった。互いに絶叫マシンは苦手だったから、のんびりとした乗り物ばかりに乗った。メリーゴーランド、ティーカップ、観覧車……。  楽しめたのはどちらかが我慢するということがなかったからだと思う。どちらかがつまらないという時間が少しもなく、めいっぱい楽しみ尽くした。  結局、僕と桃上さんは夜のパレードまで見て閉園時間ギリギリまでパーク内にいたのだった。  そして、幸いなことにそのあとしばらく桃上さんは僕の思惑通り、付きまとわなくなった。ぼちぼち就職活動が始まったせいもあるかもしれないが、ここは僕の作戦勝ちと思うことにした。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加