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じゃあ――
僕たちは玄関に立った。
そこには見慣れたノノの靴が綺麗に揃えて置いてある。いつも手入れされているスニーカー。確か一緒に買いに行った。本当は同じの柄にしようとしたけれど、僕の分のサイズがなくて仕方なしに似ている別のデザインを買った。
でも、もうあと数十秒でその光景は一生見られなくなる。
「これまでありがとう。楽しかった」
ノノはスニーカーのつま先をこつこつと床につけて履くとそう言った。
「僕の方こそ。ありがとう。楽しかったよ」
僕たちは笑い合う。本当に最後に。
「じゃあ――」
ノノが言いかけたとき。
ボーン、ボーン、ボーン。
廊下の奥でリビングの時計が鳴った。午前零時の合図である。
玄関は静かだった。壁に音が響き、振動して僕の耳に入ってくるのが分かる。
「じゃあね――柳くん」
彼女の言葉には一瞬、躊躇ったような間があった。
「うん――曙ちゃん」
心臓が高鳴っている。しかし、これは興奮でも、ときめきでもない。緊張だ。曙の「あ」から声が震えた。
曙ちゃんは僕の言葉には答えず、ドアを開けた。外の風がセミロングの黒髪を撫で、ふわりと風を含んで艶が上から下へと伝った。まるで一枚の絹みたいに、さらりとした綺麗な髪である。
その髪の隙間から見えた彼女の表情は微笑みだった。ピンクのグロスの唇も艶やかである。
キッー、バダン。
ドアが音を立てて閉まった。彼女がドアの向こうに消えていった。
残された僕一人、カチカチと針を動かす時計の音だけが玄関に響いていた。
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