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 仰向けに寝た清白の上に及川が覆いかぶさってくると、ベッドが軋んだ音を立てる。それがあまりに露骨すぎて緊張を増長させる。気を落ち着ける間もなく、及川の手によって両脚を開かされ、かけたままだった眼鏡も優しく取り払われる。 「わ。先生の眼鏡外した顔ゆっくり見るのはじめて」  頭上でカチャリと金属音が鳴る。ヘッドボードに眼鏡が置かれた音なのだろうが、ただでさえ暗い部屋、視界はぼんやりとした及川の輪郭に占められている。見えない中で触れられるという状況に恐怖を覚え、及川の首に両腕ですがって引き寄せた。吐息と吐息が混ざり合うくらいの距離まで近づいてようやく彼の顔が見え始める。 「そんなに見えないの?」 「ん……だから、ここにいて」 「何それ、超かわいい」  く、と口の端を持ち上げた及川の額には汗が滲んでいる。彼も余裕がないのだと思えば少しだけ緊張がほぐれたが、そのそばから、入り口にぴとりと触れてきた先端によって一気に体が強張る。  ひ、と息を呑む音が漏れてしまった。すぐに、及川の手が背を撫でてあやしてくる。 「ちゃんとゴムしてるから安心して」 「分かって、る……大丈夫、だから」  コンビニで買った形跡がないと思ったら、財布から取り出したものだから清白は度肝を抜かれてしまった。いつそうなってもいいように、と及川は言っていたが、いつでも「そう」なるつもりがあったのだと――そういう目で見られていたのだということになる。その事実は少なからず清白を戦慄させた。驚きが一割、残りの九割はきっと、どうしようもなく低俗な歓喜。 「本当にいいの?」 「いい、からっ、何度も聞くな……っ」 「ごめん」  ぐ、と入り口がこじ開けられる。 「何回も言ってほしいだけかも」  皮膚を引き裂かれたのかと思った。  それほどの痛みと、感じたことのない異物感だった。 「先っぽ、入ったよ」  及川のそれの膨らんだ部分が、丸ごと清白の内部に埋め込まれている。敏感な内壁は、生々しくその丸みを感じてしまう。上手く息ができない。は、は、と短い呼吸を繰り返す清白を気遣いながらも、及川は少しずつ腰を進める。  太い幹がずりずりと入り口の皮膚を擦る。そのたびに激しい痛みが迸り、清白は耐えきれずに及川の背に爪を立てた。こうでもしていなければ、彼を突き飛ばして逃げてしまいそうだった。 「やば……先生……今、半分くらいだよ」  荒い息の中で言って、及川は一度動きを止めた。どう見ても余裕のない清白を気遣った行為に違いなかったのだろうが、それが清白に一瞬の冷静さを取り戻させてしまった。  痛みに支配されているうちは気づかなかった。自分の体の中に他人の体温があるという事実に。  冷や汗が全身から噴き出す。  体の内側なんて、自分でも触れたことのない深部を他人の体に暴かれている。薄いゴム膜越しとはいえ、粘膜と肌が触れ合っている。  落ち着け。これは及川だ。自分が唯一心を許した相手だ。  言い聞かせる頭とは裏腹に血の気が引く。顔が蒼褪める。心拍数も、鼓動も、汗も、手足の震えも、この現状を恐れ、拒んでいる。 清白の様子がおかしくなったことに、及川はすぐに気づいた。眉尻をきゅっと下げると、慌てて清白の顔を両手で包む。 「やばい? 無理? 今日はここまでにしておこうか?」  己の欲よりも清白の状態を優先してくれる、その想いが嬉しくて泣きたくなる。それと同時に、そんな風に自分を大切にしてくれる彼を受け入れたいと思う気持ちが清白の中で膨れ上がる。 「いやだ……大丈夫、だから」 「どう見ても大丈夫じゃないでしょ」 「最後まで、して」  全力で及川の首にしがみつく。しばし、膠着状態が続いた。やめさせたい及川と、やめてほしくない清白と。互いが互いを思えばこそふたりの要求はすれ違い、反発し、どちらをも動けなくした。  先に動いたのは及川だった。  縋りついてくる清白の腕を掴んで、引き離そうと力を込める。 「無理しないで。俺に先生を大切にさせて」  告げてくる声が優しくて余計につらい。引き剥がされまいと、清白はより一層強く及川にしがみついた。中を穿ったままの芯がまた一歩深いところへ潜り込み、痛みに呻く。 「先生、本当に離して、もうやめよう」 「いやだ。お前と一緒に乗り越えたい」  体をすり寄せる。裸の胸と胸が触れ合った。どちらもしっとりと汗で濡れていて、普段ならばそれだけで清白の肌を粟立たせたが、今はもっと大きな恐怖に晒されているせいか不思議と平気だった。  トク、トク、と。及川の鼓動が清白の胸に直に伝わってくる。それを聞いていると、不思議と落ち着いてきた。自分の内側に埋め込まれたそれが脈打つ感覚と、胸で聞く及川の鼓動が重なり合う。自分の内側にいるのは彼なのだということを、思考ではなく感覚で伝えてくる。  清白は深く息を吸って、吐いた。 「もう大丈夫……」  その声音は先程よりも随分落ち着いていて、それが及川を説得させた。 「本当に?」 「うん。落ち着いた」 「……無理なら言ってね」 「分かった」  再び太腿を掴まれて、脚を開かされる。  少しずつ、少しずつ、及川は内側に侵入してきた。清白はその度に深く呼吸し、及川の心音に耳を傾けた。  何分かかったろうか。清白の内腿に、及川の腿がぴとりと触れた。 「全部、入った……」  ほう、と吐かれた及川の息が、汗に濡れた清白の額を撫でていく。その感触が柔らかくて、あたたかくて、じわりと清白の胸に迫るものがある。  今、清白は及川のすべてを全身で受け入れている。  誰にも触れることができなかった。誰かがいつか触ったかもしれない、その懸念だけで触れないものがいくつもあった。他人は清白にとっていつでも脅威だった。こんな自分が人と繋がるだなんて、一生できないのだと思っていた。  だけど今、及川が清白の中にいる。  清白の頑なな壁を、そのあたたかさで少しずつ少しずつ溶かしてくれた。こんなにも生きるのが下手くそな自分を、ここまで連れてきてくれた。  彼と生きてもいいのだろうか。一緒にいたいと願ってもいいのだろうか。  問いかけの言葉は形にならず、代わりに、熱い感傷が目尻から流れ出る。その滴を見た及川はぎょっと目を剥いた。 「やっぱ痛かった? 無理? ごめんすぐに抜……」  腕を掴んで、退こうとする体を引き留める。 「違う」 「で、でも先生泣いて……」 「うれしくて」  まっすぐに目を見て言えたらよかった。さすがに恥ずかしくて逸らしてしまった。それでも及川はそんな清白を全力で抱き締めてくれる。 「なにそれ。かわいすぎるんだけど」 「及川」  汗で濡れた背に両腕でしがみつく。 「俺を好きになってくれてありがとう」  声が震えてしまった。情けないけれど、及川の前で今更どんな醜態も恥じらうことはない。全てをさらけ出しても彼はきっと受け入れてくれるのだろうという、確信があるから。 「俺を諦めないでくれて、ありがとう」 「……うん」  強く引き寄せられると、それに合わせて中のものが奥を突き上げる。清白は喉をのけぞらせて高い声を上げた。 「先生。好きだよ」  そのまま何度も揺さぶられる。清白は短い息を断続的に吐きながらも、苦しさの中に一生懸命快楽を追った。痛みに萎びていたものが、少しずつ持ち上がってくる。反比例するように頭の中はぼんやりと霞がかかっていった。薄らぐ思考の中に、及川の甘ったるい声ばかりが大きく響く。 「好き。すんげー好き」 「あ、知ってる……っ」 「俺を受け入れてくれてありがとうね」 「ん、あっ、やば、い、これぇ」 「うん。気持ちよさそーな顔してる」  激しく音を立ててベッドが軋む。毎日皺ひとつないよう整えていたシーツが背中の下でくしゃくしゃに縒れる。及川の首筋から滴った汗が清白の胸に落ちる。濡れた前髪と前髪が混ざり合う。唇が重なる。舌がもつれあう。唾液が混ざり合う。汚されていくのが気持ちいいなんて、頭が狂っているとしか思えない。全てが清白を酔わせ、昂らせ、気づけば腹につくほど反り返ったそれは、透明な露を滴らせている。 「俺も、やば……っ」  夢中で欲望を打ち付ける及川の体を、両手両足で引き寄せる。 「いき、そ?」 「うん、もう、よすぎて」 「いって……俺の中、で……っ」  自分のものでないみたいに感覚のなくなった下半身に、どうにか力を込める。中に埋め込まれた及川のそれがキュゥと締まるのがよく分かった。 「何それやば……っ」  及川の背が細かく痙攣する。熱い、そう感じたときには、清白も芯の頂きから欲を吐き出していた。 「はァ……せんせ、先生」  及川は壊れたように「先生」と繰り返しながら唇を啄んできた。こんな場で「先生」という呼称を用いられることには大きな罪悪感があったが、今更変えるのもくすぐったい。塾講師として勤め始めてから、何百、何千、下手をしたら何万回と呼ばれたその呼称が、及川が呼ぶときだけ特別な響きを孕む。それが心地よくて、清白はされるがままに名残のようなキスを受け入れていた。
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