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 冷たいと感じる一歩手前の温さのシャワーが、火照りすぎた肌を流していく。及川の加減はいつでも的確に清白の欲しいところを与えてくれる。 「先生と一緒におふろ入れる日が来ると思わなかった」  風呂というよりシャワーで汗を流しているだけだが、野暮なことは言わない。下心なく、あくまで労りで体を洗ってくれる手が気持ちいい。疲労感と心地よさから眠気が呼び起こされる。背後から清白を抱え込むようにして洗ってくれている及川の体にくたりと体重を預けた。 「大丈夫? 立ってるのだるい?」 「……少し」  凭れたのは眠たかったからだが、腰から下に力が入らないのも事実。素直にうなずいておく。背後から及川が頬を寄せてきた。 「ごめんね、明日から講習会で大変なのに」 「お前もだろ」 「でも先生のほうが負担でかいじゃん」 「勤続五年なめんな。このくらい、どうってことない。俺よりも自分の心配をしたほうがいいぞ」 「うう、頑張ります……」 「まあ朝は起こしてやる」 「早起きもだけど、緊張するよぉ。マニュアルがあるとはいえ、人に教えるのなんか初めてだから」  明日からの夏期講習が、及川の講師としての初授業になる。アルバイトとはいえ、生徒たちからしたら及川も「先生」だ。妥協は許されない。  背後から両腕がキュウとしがみついてくる。必死さが愛おしくて、がんばれ、と念を込めて何度も撫でてやった。 「大丈夫。お前はやればできる奴だよ。俺が保証する」  及川の右手を持ち上げて、その甲に唇を寄せた。この手が明日子どもたちの前でチョークを握るのだ。 「日本史で一位取ったりとか?」 「日本史で一位取ったりとかな」 「あと、十個も年上の先生を落としちゃったりね」  調子に乗った唇が左耳を食んでくる。その言葉に、勝手に清白の口角が持ち上がった。 「落とされてやったんだぞ。感謝しろ」 「うん。ありがとう。本当に大好きだよ、先生」 「知ってる」  馬鹿みたいに同じやり取りを今日何度繰り返しただろう。及川となら、馬鹿になるのも悪くはない。  その後寄り添って並んだ布団の中で、清白は及川に頭を撫でられながら夢を見た。ふたりで手をつないで、海沿いを歩く夢。海なんて行ったこともなければ、行きたいという話すらしたこともなかったのに。夢の中でも苦笑してしまう。  講習会が終わったら一緒に海に行こうか。  明日起きたら最初に言う言葉を意識の中で反芻しながら、柔らかく心地のよい眠りの中へと深く深く沈んでいった。 END
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