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 自宅に帰った清白は一気に冷静になった。  よく考えたら色々おかしい。  そもそも清白に落ち度はない。及川が勝手に好きだなんだののたまって、キスをしたいとか言い出して、一方的に条件をつきつけてきて。それらに清白が従う道理など微塵もない。  寝返りを打って天井を見る。本当は左向きでないと眠れない。  生徒と、キス? これから日本史の授業がある水曜日、ふたりきりで密会して?  頭がおかしいとかしか思えない。及川は生徒だ。高校生だ。清白は講師だ。大人だ。会社の規定にもしっかり定められている。  生徒に手を出してはいけません。  親しくなるのは結構。だがそこに「個人的に」という形容がついてはならない。一線を越えた講師の末路など、誰でも痛いほど知っている。そのリスクを冒すほどの理由が清白にあるだろうか。  いや、ない。  そもそも及川の側にしか「理由」などないのだ。跳ね除ければいい。お前のお遊びに付き合っている暇はない、と。  もう一度寝返りを打って左を向く。目を閉じる。瞼の裏に、己のネクタイをぎゅうと両手で握りしめる及川の姿が映った。 『先生が触ってくれた』  目尻と眉尻を同時に下げてはにかむ顔。  ひとつ、舌打ちをする。眠れそうにない。頭の中で年表の数字を必死に羅列した。
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