永の約定

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 自分が掴んだ手を見て、彼は困ったように微笑んだ。 (……若君) (ずっと、いればいい)  せいいっぱい、気持ちを込めて告げる。  すると、彼は目を丸くした。 (いれば、とは……) (城に、……住めば、いいのだ。旅になど、出ず) (そうはおっしゃいますが、私は雇われの身。若君が、私を雇ってくださるのですか? 若君に、私の報酬を払うことなど、できるのでしょうか)  からかうような響きのこもった声だった。  雇われの術使い。それは、わかっている。だから、彼を引き留めるには、報酬が必要だ。 (僕には……これなら、毎日、おまえに支払うことができる)  裾の長い装束には、胸もとにちいさな袋がついている。隠し袋だ。そこには、王族のしるしである六角形の金属片とともに、お茶の時間にもらう、蝋紙に包まれた飴を入れていた。彼の手を掴んだまま、他方の手を胸もとにやって、中のものを取り出すと、相手はぎょっとしたような顔をした。 (若君……) (これを、やる。毎日だ、……僕がもらうぶんを、与える。だから、……だから、僕に仕えるといい) (……これは)  差し出した手を、引き寄せた大きな手に押しつけた。すぐに理解したのか、相手は目を瞬かせた。 (僕が毎日もらう、飴菓子だ。……とても、とてもおいしい……おまえを雇うのに、これでは足りないか? 報酬には、ならないか?)  問うと、彼は、妙な顔をした。笑ったのかと思ったが、そうでもない。泣きそうにも見える。棟と棟のあいだの渡り廊下だ。夕刻の庭園は、濃い輝きに満たされていた。彼はいつも、自分の髪を、夕陽に似ていると言う。その色に、染まり始めている。その中で、彼は、ふ、と息をついた。ついで、口をひらく。 (……)  彼の口が動いて、声が発せられるよりも前に、誰かが名を呼んだ。その声が大きくなるとともに、過去の情景が溶け、崩れ去った。
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