僕はもう、きっと小説を書けない

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彼女がこの場所に姿を見せなくなってから 俺は幾つもの小説を描いた。 その中でも俺が気に入っていたのは 身体の至る所から花の生える少年の物語だ。 終幕まで描く事はこの頃は出来なかった。 だけれど、きっと今の自分に見合う様な結末を 辿るのだろう、と思った。 そして、あの日。 白い雑念が形を持ち空を覆ったあの日。 今でもはっきり覚えている。 あの日に小説家になったのだ。 2024年5月14日 19歳だった時の事だった。 まだ若かった俺はその肩書きに縋っていたのかも知れない。 其れ故に自分の小ささに絶望していた。 伝えたい事があったとしても、読まれない。 本棚の隅へと追いやられ、亡き物にされるのが恐ろしかった。 其れは世界の中の一要素でしか無く、其れは誰しもが持っている感情に過ぎない。 その事実が恐ろしかった。 否、その事実を知っていても尚逃げていたのかもしれない。 俺は小説家で、世界の穢れから逃がさず、凝視し、記録するのが俺の役割で。 あぁ、そう信じたかったのだろう。 そう言って強く見せたかったのだろう。 世界に住む人間が皆その事実を識っていて、けれど俺の様な感情を殺して生きているのを知っていながら。 愚かだ。 まぁ、あの頃は分かっていなかったのだから 何を言っても仕方が無い。 そう、あの時からだ。 俺は、そんな人間に怒りを覚えた。 社会の中に溶け込んで、自分の意思を殺して迄生きる。 そんなの、死んでいるのと何ら変わらない。 偽物の感情を被って生きる、だなんて嫌だった。 俺はそうして生きていかなくても良い。 可哀想な奴隷達を救う英雄なのだから。 俺は小説家なのだから。 そして同年7月6日、 俺は初めての殺人を犯した。
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