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少女と猫
「凄いですね、そこまで貴方を突き動かすなんて」
私もそんな人になれたのなら、と彼女は言った。
病室、丁度1年前に自殺未遂をした所為で広々しているものの、監獄の様な圧迫感を孕んでいるこの病室に封印されたのはやはり少し気が重かった。
あの時死ねなかったのは何故だか、俺にも分からない。
昏睡状態から回復したのは1ヶ月ほど前だ。
「それにしても、もう少しで世間は夏休みですね」
「2人で何処か行きましょう?」
「どこか田舎の山奥の村で踊るのもいいですね」
「それとも、海のよく見える崖の上で愛を歌うだとか」
「あなたのその小説、完成させる手がかりが見つかるかもしれないじゃないですか」
___小説 無題
描き始めたのは4年前の7月10日。
当時僕はまだ学生だった。
『雨の降る街』という小説に感化されて
自ら作り上げた世界だ。
如月の書く小説は少し読みにくく、解釈の分かれる世界観であったが、それが本来の小説の形のように感じた。
僕の小説はそんな高度なものではなかったが憧れていたのは確かだ。
飛び降りた後、1年弱眠っていたにしても未だに完成していないのは少しまずいと思っている。
物語の終着点が見つからないのだ。
どう人生を掘り起こしても、行き着く先は見えなかった。
終わりのない俺はどんなに努力をして、他人の心に潜り込もうとしても其処に終わりが無いことに気がつけなかった。
全てはあの時、少女が崖の上に訪れなくなったせいだった。
眠りから覚めてから少しは進んだものの、終わりにはたどり着けなかった。
気がつくと彼女は眠っていた。
どうやら寝不足だったらしい。
そのまま彼女に小さな布団をかけてやる。
すると満足そうな顔をし、眠った。
僕は笑った。
「あ」
夕陽の色でこの無機質な白い病室が染まった頃、彼女は目を覚ました。
いかなくちゃ、と口にするとそういえば、と言うように深海の様な紺色をした手帳を開く。
「ああ、そうでしたか。」
「来てたんですね、この病室に。」
「まだ、あの小説書いていたんですね。」
「凄いですね、そこまで貴方を突き動かすなんて」
「私もそんな人になれたなら...」
彼女は笑った。
「これからも、ずっと隣に居させてくださいね。」
俺は明日、この病院から脱走する。
だから君とも今日でお別れだ。
そうしたら、
僕はもう、きっと小説を書けない。
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