先輩と僕

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 僕はその事件をよく覚えている。被害者の一人だから。  ボン。病院全体に轟く大きな音。続けてもう一回。  僕がいる病室にタイマーが置いてあることに気付いた。  「逃げましょ」  臨機応変に対応する先輩のおかげでなんとか直撃は回避できた。だが……  「待ってください!ああ!」  僕は転んでしまった。前を走る先輩が戻って来る。 「先輩は先に行ってください!」 「ふふっ。私ってバカね。(ひかる)、あなた怪我してるわよ?」  僕の膝は確かに擦りむいていて血が滲んでいた。 「これくらい平気だよ。さあ行こう」  しかし、僕の足取りは重い。思うように動かない。それを見かねた先輩は僕に肩を貸してくれた。 「さあ、行くわよ」 「先輩……」 僕たちが病室を出たその時だった。隣にいた彼女が消えた。ガンッ。扉の閉まる音がする。先輩が中に戻ったのだ。爆風がこっちに来ないように。扉を閉めて最小限の被害に収めるために。 「先輩!扉を開けてください!」 「光!走れ!またすぐに会えるさ!」 「でも……」 「行け!」  僕は涙ながらに走った。転んでもすぐに立ち上がってまた走った。そして病院を出た。ガラガラ。入り口に建物の瓦礫(がれき)が落ちて来るのをただ見ていた。  47、46、45。タイマーは止まらない。扉を開けて逃げようと思ったけど扉が開かない。瓦礫が降って来て通路を塞いだのだろう。私はここで終わりか。30、29、28。タイマーの止め方も分からないのに。24、23、22。あんな約束守った私がバカだわ。もう良いわよ。またすぐに会えるさ、なんてクサイこと言っちゃったし。15、14、13。あーあ。私の人生意外と早かったな。でも光くんに会えてよかった。6、5、4。また会おうね───天国で。2、1。  ボン。瓦礫が降って来ている。桜の花びらの上に覆い被さるように。まるで桜の薄い赤色に混じって濃い赤色があってそれを隠そうとしているかのように。先輩は出て来ない。僕の病室で。殺害された。何者かによって。 「先輩!先輩……桜さん!またすぐに会おうねって約束したじゃ無いですか……それってどこですか!桜さん!」  この時、僕は初めて名前で呼んだ。名字しか知らない名前を。ただ呼ぶことしか出来なかった。
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