1043人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
十五
エルモは真横から飛びでてきた、小さく白い塊を受け止めようとしたのだけど。ーーその塊は大きさの割にはずっしりと重く、受け止めたエルモの体は傾き、グルによって受け止められた。
「エルモ、大丈夫か?」
「は、はい」
「ギャオーン」
エルモの胸元で元気よく鳴いた小さな白い塊。そのシマシマ模様の耳と、お尻に揺れる長い尻尾があった。
「可愛い、子供のトラ?」
「ゲッ、あ、あに……き…………精霊の森に帰って戻っていてのかぁ! 俺はあに、き、を探してあちこち探し回ったんだぞ! ……それに、その傷はなんだ?」
(グルさんの言う通り、子トラちゃん怪我をしているわ)
「ニギャーッ」
グルは子トラを私の胸から引き剥がそうとしたが、子トラは離れるのは嫌がり、グルの掴んだ手をガブガブ甘噛みした。
「イテッ! いてて、クソッ! どれだけ、探したと思ってるんだ! みんなも心配してるんだぞ!」
「ギャー、ギャー」
子トラは鳴きエルモの胸から飛び降りて、グルの足元にじゃれつく。グルも嬉しそうに足元の子トラを捕まえて、回復魔法で怪我を治した。
(……二人の中に入れない)
その光景をポツンと一人眺めていた。
「回復よし、他に怪我はないか?」
「ギャオン」
「そうかよかった。心配だから黙って、どこにも行くなよ」
「ギャオン」
(グルさん、子トラちゃんに会えて嬉しそう。子トラちゃんも楽しそう……探していたと言っていたし、二人は昔からの友達なのかな?)
「お腹はすいていないか?」
「ギャーオン」
ーー言葉がわかるのか二人は普通に話もしていた。
「フフッ、グルさんと子トラちゃんは仲がいいね。少し……羨ましい」
子トラはグルからフワッと離れて胸に飛び付き、まん丸の目で下からエルモを覗き込んだ。さっきは重く感じた子トラだったけど、いまは羽のように軽くて、グルに支えられなくても抱っこできた。
「あら、あなたの瞳――私と同じ、サファイア色なのね」
「キューン」
覗き込むエルモに子トラは近寄り、グルグル喉を鳴らしてエルモの頬をスリスリすり寄せた。
「フフッ、もふもふ、ふわふわ」
「キュー」
「あっ、グレ! てめぇー、俺がエルモにやってないことを、先にするなぁ!」
子トラとエルモの頬すりを見たグルは声を上げて、子トラをガシッと両手で掴み引き離そうとした。しかし、子トラは離れるのを嫌がり鋭い爪を出して服にしがみ付いた。
「あ、グルさん待って、子トラちゃんの爪が服に引っかかって、ワンピースがやぶけちゃう!」
と叫んだと同時に、ワンピースの胸元がビリッと破けた。
「あ、お気に入りのワンピースだったのに……」
「ご、ごめん……グレ、その爪を引っ込めて離れろ!」
「ギャオーン」
子トラは謝るどころか楽しげに鳴き、グルに飛びかかるけどグルがひょいと避けて、近くのエルモに飛びつく。
「グレ、離れろ!」
「ギャオン」
「フフッ」
今度はエルモも混ざって、子トラとのじゃれあいを楽しみ。気付けば日も暮れていて、
夜空に満月に近い月と、星々が三人を照らしていた。
夜空を見上げて、エルモは歓喜の声をあげる。
「うわぁ、星がこんなにも夜空を照らしてるわ」
「星? エルモは初めて、この夜空を見たのか?」
「うん、グルさんの家からも星は見えるけど、こんなに輝く星々を見たのは初めて」
ふと、思いだす――昔、一度だけ夜空を見たいと庭にでて、星をながめているところをメイドがみつけて両親を呼び、こっぴどく怒られた。
――あの頃とは違う、いまは気にせず好きなだけ見られる。
「……とても綺麗だね……ヘッ、クシュン」
「グ、グシュン」
二人で大きなくしゃみをして、グレは鼻水を垂らした。その可愛らしい姿を微笑み見て、もう一度、夜空を眺める私の肩にグルは表情固く手を置く。
「グルさん?」
「春でも、この辺りは日が暮れると冷えてくるから、そろそろ家に帰ろうか。星々が見たければ、暖かくなってから見に来ような」
「はい、みんなで見に来ましょう!」
「ギャオーン」
グルの転移魔法で家へと帰って来た――カゴに採取したヨモギのことを聞くと。明日になったら、ばっちゃん家に持って行くと言い、グルは玄関にカゴを置いていた。
「ほら、エルモとグレはここ座って」
エルモの手とグレを抱っこしてベッドに座らせると、グルは奥の部屋に行き、大きなブランケットを二枚持ってきて、体を温めろと二人をグルグル巻きにした。
「次に温かい飲み物だな」
キッチンでお湯を沸かして、フライパンを温めだす。
「グルさん、私も手伝います」
「だーめ、エルモは動くな!」
と、沸いたお湯でコーヒーを入れて、グルはフライパンでチョコパンをあたため始めた。
「そうだ!」
指をパチンと鳴らして小さな火玉をだして『二人を温めてくれ』と、エルモ達の周りに火の玉を飛ばした。
「この火の玉、温かいけど……触っても大丈夫?」
「ああ、大丈夫。いま出したのは、火のチビ精霊だから燃え移らないよ」
――火のチビ精霊?
『アハハハッ、燃やしちゃうぞ!』
『キャハハ、フフッ、燃やしちゃうぞ!』
『ボウ、ボウ!』
「きゃっ……この子達、私達のことを燃やしちゃうって、言っているわ」
「ギャオーン」
「こらっ、お前らエルモとグレに意地悪するなって……え、ええ? チビ精霊の声が聞こえたのか? 精霊の姿は見える?」
「精霊の姿?」
グルは淹れたてのコーヒーをテーブルに置き、驚きの表情を浮かべていた。
「声はするけど、見た目は火の玉かな?」
「火の玉? 火の精霊の姿は見えないけど声は聞こえるのか……訓練すればみえるかな? エルモ、グレ、コーヒーとチョコパンがあたたまったぞ!」
「はーい」
ブランケットを羽織ってグレとテーブルに着くと、火の精霊達も笑いながらフワフワついてきた。
「グルさん、私もこの子達が見える様になるの? よし、ンンッ、ん? ……あれ、見えない?」
目を開いたり、目を細めたりしたけど……どうやっても見えない、そんなエルモの姿を見てグレは眉をひそめた。
「エルモは何してるんだ?」
「え、私にも精霊達が見えないかなって? ……でも、どうやるかは分からないから……とりあえず瞳に力を入れてみたわ」
「はぁ?」
「ギャオン?」
エルモの行動に、グル、グレ、火のチビ精霊達は呆気に取られる。
――そして
「ククッ、ハハハッ、まじか!」
「キュー、キュー」
『クックク、面白い人間だな』
『キャハハ! 面白い』
『アハハッ、楽しい!』
みんなは笑った。
「ひ、酷い……わたし、真剣にやってるの!」
「だってなぁ、グレ」
「ギャオーン」
そう言い返しても、みんなの笑い声は止まらない。最後にエルモまで、赤を真っ赤にしながら笑ってしまい、みんなで楽しい夜を過ごした。
最初のコメントを投稿しよう!