十七

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十七

 早朝、朝食をつくりまだ寝ている二人に「バイトに行く」と声をかけた。 「グルさん、朝食はデーブルの上に出来てますからね」 「んーっ、わかった。行ってらっしゃい」  まだ眠いのかベッドの中で手だけを振る、いつも早起きだけど今日は珍しくお寝坊なグルと、ベッドのど真ん中でへそ天で眠るグレ。  寝るの遅かったのかな?   昨夜、私はグレの肉球を額に感じ後に眠くなり、その夜は嫌な夢も見ずぐっすり眠れた。  ーーアレはもしかして、グレの"よく眠れる"おまじないだったのかも。  ♢    エルモがバイトに出てから一時間後。グルはもぞもぞとベッドがら起き、身支度をおえて食卓につき遅い朝食を始めた。その音にグルも目を覚ましたのか、トコトコ食卓に近付く。 「くわぁぁっ、よく寝た。あれ? あの子は」 「隣街のパン屋のバイトに行ったよ。グレもエルモの朝食を食べる? 美味しいよ」 「ふーん、バイトね……おお、うまそっ、食べる」  エルモは残っていたパンを使い、二人にフレンチトーストなどを作っていた。 「美味い! バターが多めで、甘さ控えめだ」 「グル、オレにもくれ」  こっちは食パンを小さくカットして、オリーブを引いたフライパンでカリカリに焼き、野菜と和えてドレッシングを掛けたパンサラダ。  食卓に飛び登ったグレは、お行儀悪く"ガジャ、ガジャ"音を立てて、スープに顔ごと突っ込み飲み始めた。 「ぷっ、ふわぁ! グル、このトマトと入りの卵スープ美味い!」 「ほんとうだ、優しい味付けで美味いな……ぷっ、兄貴の口の周り、トマト色に染まってるぞ」 「ウルセェ!」  まったく兄貴は顔ごと皿にいくから……エルモはパンサラダとフレンチトースト、トマトスープ、俺とグレの分を作っていってくれたんだな。 (ありがとう……)  優しい彼女は今夜の満月で……俺や村の人達を見て驚くだろう。昨夜、エルモが眠らされたあと、兄貴と言い争ったが……兄貴はダメだと言い折れなかった。  ーー今夜を過ぎたらエルモは俺のそばから、居なくなるかもしれない。 「グル……彼女がお前の事を怖がらないといいな……まあ、オレはそんな人間が居るとは思わないけど。彼女の飯は旨い、一緒に眠ると暖かく気持ちよかった」  なに? エルモと一緒に眠っただと? 「兄貴まさか、彼女の胸の中に潜り込みやがったなぁ。ずるいぞ! 俺より先に頬すりはするし。寝るときは、俺がエルモを抱きしめて眠ってたんだ!」 「はぁっ、どんだけ独占欲丸出しなんだグル! 表に出るかぁ~久しぶりに相手してやる」 「おお、望むところだ!」  丘の上にある家の前で、取っ組み合いの兄弟ケンカが始まる。その音を聞きつけた村の人は、なんだなんだと集まってきた。 「クソッ! 相変わらず、すばしっこいな兄貴!」  「ハハッ! 鈍臭い、グルなんかに捕まるかよ!」  コレは村人達にも手に負えない兄弟ケンカだ。ーー精霊の森に住んでいたときも二人はときおり、こんなふうに戯れあっていたことをーー村人達は思い出した。 「コレ!」  この場に息を切らして、ばっちゃんが手に何やら持って現れた。   「喧嘩とは! お前らいい加減にしないか!」  ゴン、ゴンと畑に水をまく柄杓で、昔の様に二人の喧嘩を止めにはいる。ばっちゃんは二人のケンカの仲裁役だ。 「ゲッ、ばっちゃん! ……イテッ、やめる、止めるって、ばっちゃん、イテッ、イテテ!」 「久しぶりだな、ばっちゃん元気か! ウワッ! イテェーーッ!」  「……ハァハァ、グレどこに行っておった! グルが何ヶ月もの間、探し回っとったんだぞ!」  ばっちゃんは息を切らしながらブンブン柄杓を振るが、とうとう足にきてふらつくと村の人が慌ててばっちゃんを支えた。兄貴は村の人に抱えられたばっちゃんの近くにいき、深く頭を下げた。 「……すまん、ばっちゃん! オレは精霊の森に出るようになった、悪いモンスターを狩っていた」 「「はぁ? 悪いモンスター?」」  みんなは信じられない。  ほんの数年前までは空気が澄み、水はキラキラ光り、緑の精霊と共に歩んできた村と、多くの精霊が住むーー緑豊かな精霊の森。 「嘘だろ!」 「嘘じゃない! 緑の精霊が森から消えてから、森にはほかの精霊達も寄り付かなかなった。しばらくはキラキラしていた森が、どんよりして悪いモンスターがでる様になった。オレはそれをみつけて退治していた……コレは、オレのせいで起こった事だからな」  グレの発言に、グルと村人も驚くしかない。 「ちょっと待て! なんだよ、兄貴。あれほど、一人で背負うなって言ったろ? 俺にもそのことを言えよ」  兄貴は首を横に振る。 「お前に言えるかよ! ……オレのせいで、みんなは村を追い出されて、精霊の怒りで人間の姿にされたんだ……ごめん、オレがあんな女に騙されたから……」  兄貴は声を震わせ、小さな体で村のみんなに頭を下げた。俺は何も知らなかった……兄貴はズッと、あのときの事ばかり考えていたんだな。  みんなは兄貴に「気にしなくていい」「悪いのはグレでは無いあの子」だと、口々にグレに言った。  ーーあれは十年以上前の夏の日。  あの子と男の子は精霊の森近くで怪我をした、兄貴を助けてくれた。その子は男の子が来ない日も、兄貴に会いに森に来てくれていた。 『グレちゃん、遊ぼう!』 『うん!』  一年たち、あの子に兄貴は人型の姿を見せた、あの子はその姿にも驚かず、嫌がらなかった。「ズッと、そばにいて」と、兄貴が告白をしたときも、笑顔でその告白を受けた。  俺たち精霊の森に住む者は恋人、結婚となった暁に緑の精霊の木下で誓いをたてる。彼女にもその説明をして承諾を得た。ーーしかし、あの女は俺たちの"神聖な精霊加護の儀式"が終わった途端に「フゥッ、フラグが立った。次に行かないと、じぁーねぇ!」と、恋人となった兄貴を置いて何処かに消えてしまった。  ーーフラグなどと、わからない言葉を残して……    訳がわからず一人残されたグレと、神聖な加護を渡した緑の精霊は怒り、俺たちを人の姿にして前から姿を消した。ーーそして村は植物が育たなくなる。人型となった俺たちは他の獣人の里にも行けず、暮らせなくなって、村を捨てることになった。 「誰もグレのことを恨んではおらぬ。みんなはここでも楽しく生きておるんだ。気にせずここに居れば良い」 「ウグッ……み、みんな、ばっちゃん、ありがとう」  グレがどうして、白トラの姿なのかは本人に聞いても、わからないらしい。  ☆  今日の満月を楽しみにしていると、みんなは帰って行き、俺は採取に出かける準備をしていた。 「兄貴、いまから俺は精霊の森の東に咲く、マリアアザミを採りに行ってくる。みんな今日は一ヶ月に一度の酒盛りだからかなりの量の酒を飲む」 「オレも手伝いについて行く」 「ありがとう」  二人は精霊の森へと出かけた。
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